研究課題
中近赤外に対応した光学迷彩の実現を目指す場合、ナノスケールの金属構造体(メタマテリアル)を3次元実装することが必要不可欠となる。そのような背景から、我々のグループでは、メタマテリアルを内包した有機薄膜フィルム(メタマテリアルフィルム)を遮蔽対象に巻き付けることで光学迷彩を実現する手法を開発してきた。本研究では、その手法を用いた80THz帯における光学迷彩の評価を行った。本手法では、予めフィルム内に形状の異なる金属リングを分布させておき、それを対象物に巻き付けることで迷彩化を行う。本年度は、76.75 THzにおいて直径100 μmの円柱を遮蔽することを仮定し、対象周波数で実現すべきフィルム内の透磁率分布を計算した。上記の透磁率分布を実現するため、今回はC型リングの一辺を372 nmから386 nmまで、平面方向にほぼ線形で変化させた。上記設計に基づいて作製したフィルムを、顕微フーリエ変換赤外分光(FTIR)を用いて評価した。これにより透過スペクトルが最小となるポイントがレッドシフトする傾向が見られた。また、フィルム内の計13ポイントの共振波数をプロットした結果、設計値と比較して近い結果が得られていることが分かった。上記フィルムを直径100 μm のSUSロッドと共にスライドガラスに挟み、滑走させることで巻き取りを行った。その後、金属パターンが形成されたBaF2基板から450 μm上部にデバイスを配置し、顕微FTIRによるイメージングを行った。本来はロッドによりロゴが隠されるが、周波数77.5 THz近傍において、メタマテリアルフィルムが光学迷彩として働き、光の迂回が起こることで、ロッド直下のロゴの一部分を観測できた。
2: おおむね順調に進展している
現行のメタマテリアル研究の大部分は、物性物理学、あるいは基礎工学の領域で行われている。特に2009年辺りまでは,「動作周波数の高周波数化(可視光での透磁率変化)」に研究の重きが置かれていたが、現在は多くがデバイス応用へ向かっている。実際、米国ではKymeta社(https://www.kymetacorp.com/)、カナダではMTI社(http://www.metamaterial.com/)などのベンチャー企業も立ち上がっており、今後も工学的な立場の研究がますます重要となってくるのは間違いない。メタマテリアルの様々なデバイス応用の中でも、迷彩技術(迂回・遮蔽など電磁波の空間的制御を行う技術)は最もホットなトピックの一つであり、数多くの研究が行われているが、「実装範囲」「動作帯域」「実装コスト」の3つが、依然として大きな問題となっている。そのような中、本研究では、それらをすべてクリアする「迷彩技術」に焦点を当てており、実際に80THz帯において明確な光学迷彩の現象を観測することに成功した。世界的に見ても各種迷彩技術の実用化へ向けて大きな布石を残すことができたと考えられる。一口に迷彩といえども、対象周波数によって様々な効果が現れる。例えば、波長10 μm程度の赤外線において本デバイスを作れば、熱遮蔽を行うことが可能となる。また、可視光は完全に透過するが、熱の放射に極めて優れたフィルムなどもメタマテリアルの設計次第で作り上げることができることから、グリーンエネルギー領域を含めて様々な応用先が考えられる。そのため、今後、様々な周波数、様々な形状で迷彩効果を実現する必要があり、その点が次年度の課題となる。
本年度で得られたデータをもとにして,フィルムの光学定数分布を理想的なレベルまで近づけた上で、それを円柱(ステンレスロッド)に巻き付けて迷彩効果を議論する。観測パターンの真上に、迷彩対象の物体を置き、顕微分光を行うことでイメージング画像を撮るが、対象波長で真下のパターン画像を明確に観測することを目指す。その後、円柱以外にも、様々な形状を変換光学により設計することで、汎用的に“対象物に巻き付けるだけ” で電磁波迷彩が実現可能なことを示す。次に、広帯域で動作を可能とするフィルム内の設計指針を確立する。具体的には、単一周波数で動作する電磁波迷彩の光学定数分布が3次元的に何種類も重なり合うように、予めフィルム内にメタマテリアルを分散させておくことを考える。これにより、広帯域で動作する電磁波迷彩を簡易に実装可能となる。
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