研究課題
睡眠構築(sleep architecture)とは、二種類の睡眠、レム(急速眼球運動)睡眠とノンレム睡眠が、一晩の間に交互に現れるパターンを指す言葉である。本研究では、睡眠構築を生み出す神経回路とその動作原理の解明を目指してきた。本年度は、レム睡眠を正負それぞれに制御する神経細胞群の同定と投射先等の回路の解明を目指した。まず、脳幹橋の被蓋野において、レム睡眠を誘導するニューロン(以下、REM-onニューロン)と抑制するニューロン(以下、REM-offニューロン)、いずれかに選択的にCre遺伝子を発現するトランスジェニックマウスを得ることに成功した。このうち、REM-offニューロンに神経活動促進遺伝子hM3Dqを発現させて活性かさせたところ、数時間にわたりレム睡眠が抑制され、逆に破傷風毒素を発現させたところ、レム睡眠が有意に増加した。一方、REM-onニューロンに破傷風毒素を発現させたところ、逆にレム睡眠の減少が見られたのに加え、本来レム睡眠中に起こるはずの筋弛緩の制御異常により、レム睡眠中に動き回るという表現型が観測された。これは、パーキンソン病やレビー小体型認知症の代表的な前駆症状であるレム睡眠行動障害を理解する上で重要な知見と期待される。さらに、REM-onニューロンについてはその主要な投射先が延髄腹側部であることも判明した。また、次年度以降に、睡眠構築を長期的に操作した影響を調べるために、本年度は、長期的な神経活動の操作方法の開発にも取り組んだ。hM3Dqを長期的に活性化するための腹腔内埋め込み型ポンプの効果を検証したとともに、低い閾値でも開くタイプの電位依存性イオンチャネルを発現するためのウイルスベクターの開発も行った。これらのツールは、睡眠を制御するニューロンに限らず、脳のニューロンの機能を行動レベルで解明するための非常に有用なツールとなることが期待される。
2: おおむね順調に進展している
当初予定していたレム睡眠を正負に制御するニューロンを活性化した効果の解明に加え、機能阻害した効果も解明でき、また、ニューロンの投射先に関する知見も得ることに成功した。また、次年度以降の睡眠構築操作の影響を解析するにあたって重要な技術となる、ニューロンの長期的な操作方法の確立に関しても、新しい手法を複数確立することに成功した。従って、本年度は計画通りに研究がすすみ、おおむね順調であると判断される。
本年度までに、睡眠構築を制御するニューロンの同定および操作方法の開発が進んだことを活かして、次年度以降は睡眠構築を操作した効果の検討を実施する。生誕直後の睡眠はレム睡眠が多く、また、ADHD(注意欠如・多動性障害)や自閉症では、レム睡眠が減少する。そこで、発達期のレム睡眠の阻害が、発達障害様の表現型(柔軟性や社会性の低下など)を生じるか、逆に、発達障害のモデルマウスで、レム睡眠の増加が症状を改善するかを検討する。また、ストレスはレム睡眠を増加させ、うつ病の患者は、入眠後早くレム睡眠に陥る。レム睡眠がストレスを軽減させる効果があるかは不明である。そこで、うつ病モデルに対してレム睡眠の増加が症状を改善させるか検討する。具体的な方法としては、それぞれの動物モデルと、前年度までに開発したレム睡眠の操作が可能なマウスを掛け合わせ、様々なタイミングでレム睡眠を増加または減少させた際の効果を行動実験により評価する。
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Transl Psychiatry
巻: 7 ページ: e1047
10.1038/tp.2017.19.
http://hayashi.wpi-iiis.tsukuba.ac.jp/index.html