研究課題/領域番号 |
16H06144
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
竹内 春樹 東京大学, 大学院薬学系研究科, 研究員 (70548859)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 嗅覚 / 神経発生 / 回路形成 |
研究実績の概要 |
マウスの嗅覚系において、一次神経細胞は発現する嗅覚受容体の種類に基づいて嗅球にある糸球体へと軸索を投射させ、二次神経細胞とシナプス結合をする。これまでの研究から、嗅覚回路の中には先天的な行動を制御する遺伝的に規定された回路が存在することが示唆されている。その一方で、遺伝子組換え技術により異なる動物種の嗅覚受容体を発現させたとしても、内在性の嗅覚受容体の時と同様に機能的な神経回路が形成されることが分かっている。本研究課題では、マウス嗅覚系における一次神経細胞と二次神経細胞間のシナプス特異性を検証することを通して、高等動物の神経回路がもつ遺伝的な堅牢性と可塑的な柔軟性を両立させるメカニズムを明らかにすることである。 一次と二次の神経細胞間のシナプス結合の特異性を明らかにするためには両方の細胞において遺伝的に規定されたサブタイプを同定することが必要となる。我々は、嗅球の腹側に軸索を投射する一次嗅覚神経細胞と腹側に位置する二次僧帽細胞とがニューロピリン2(Nrp2)という軸索ガイダンス分子を発現していることを明らかにした。細胞種特異的なNrp2のノックアウト実験から、一次嗅覚神経細胞で発現するNrp2は軸索の嗅球腹側への投射を、二次僧帽細胞で発現するNrp2は僧帽細胞の腹側への移動を制御することがわかった。さらにNrp2の反発性のリガンドであるセマフォリン3F(Sema3F)のノックアウト実験から、一次嗅覚神経細胞から嗅球へと持ち込まれるSema3Fが一次神経細胞の軸索ガイダンスを、そして二次神経細胞の細胞移動を同時に制御することでNrp2を発現する神経細胞間のシナプスの特異的な結合を保障していることが明らかになった。僧帽細胞は嗅球において放射状に樹状突起を伸ばすことから、Nrp2/Sema3Fの相互作用が間接的に特異的なシナプス結合を支えていることがわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題では、適切な嗅覚情報伝達を支える一次嗅覚神経細胞と二次僧帽細胞間のシナプス特異性がどのように形成されるかを明らかにするために、課題を遺伝的に規定された機構と入力情報依存的な機構の解明の以下の2つに分けて研究を遂行している。 (1)遺伝的な機構:僧帽細胞における遺伝的サブタイプを同定し、サブタイプごとに樹状突起の伸長パターンを解析する。更に、サブタイプを規定するマーカー遺伝子が、嗅球内における僧帽細胞の大まかな配置あるいはシナプス接続の過程においてどのように機能するかを検討する。 (2)入力情報依存性な機構:遺伝学的手法によって一次嗅覚神経細胞からの入力を変化させ、僧帽細胞の形態にどのような影響がみられるかを検討する。
(1)に関連して、遺伝学的な実験から嗅球の腹側方向への一次嗅覚神経の軸索投射と二次僧帽細胞の細胞体の移動をNrp2/Sema3Fという反発性のシグナルによって同時に制御されていることを突き止めた。一次嗅覚神経細胞から嗅球背側に分泌されるSema3Fに対する反発の結果としてNrp2を発現する嗅覚神経軸索と僧帽細胞の樹状突起が間接的に特異的なシナプス結合を形成しているようである。この内容は論文にまとめ投稿し、受理された。 (2)に関しては、遺伝子改変技術によって特定の嗅覚受容体を異所的に発現させた変異マウスや、一部の嗅覚神経でのみ軸索の収斂に関わる遺伝子をノックアウトし、同じ嗅覚受容体を発現する嗅覚神経の軸索が隣接した2つの糸球体に投射する変異マウスを作製した。
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今後の研究の推進方策 |
(1)に関連して、僧帽細胞のサブタイプを規定する遺伝的マーカーの同定に成功している。これらは、嗅球の特定の位置に相関して発現するものと嗅球内でモザイク状に分布するものに分けられる。特定の位置に相関する遺伝子の機能とその役割については本年度の研究で概ね明らかにすることができたが、モザイク状に分布するものに関しては何もわかっていない。位置に依存しない発現パターンを示す僧帽細胞のサブタイプは、糸球体の選択や軸索投射先の特異化など回路形成に関わる可能性や、電気生理学的な性質が異なっており嗅覚情報処理の過程で何らかの役割を果たす可能性が考えられる。まずは、サブタイプごとの解剖学的な特徴を記載する。その後、同定した遺伝子のノックアウトマウスにおける変化を調べることを通じて、位置に依存しない僧帽細胞のサブタイプの役割を明らかにする。 (2)に関連して、今年度一次嗅覚神経の投射パターンを遺伝学的手法によって操作した変異マウスを複数作製したので、それらのマウスにおける僧帽細胞の樹状突起の伸長パターンを観察する。特に、隣接した2つの糸球体に同一の嗅覚受容体を発現する嗅覚神経の軸索が投射した場合における僧帽細胞の樹状突起の形態を観察することで、僧帽細胞が発現する嗅覚受容体の種類という一次嗅覚神経のサブタイプを見分けることができるのか、また単純に糸球体という構造を認識して樹状突起を伸長させているのかを明らかにする。
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