研究課題/領域番号 |
16H06194
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
村上 一馬 京都大学, 農学研究科, 准教授 (80571281)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 脳神経疾患 / アルツハイマー病 / 有機化学 / 漢方生薬 / オリゴマー / アミロイドβ / NMR / 質量分析 |
研究実績の概要 |
アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβ(Aβ42)は,2あるいは3量体を基本単位として凝集(オリゴマー化:2 x nあるいは3 x n量体)することにより神経細胞毒性を示す.さらにAβ42の凝集は,低分子のオリゴマーが生成する核形成過程と,それに続いてアミロイド線維を生成する線維伸長過程からなることから,初期の核形成過程は毒性緩和の有効なターゲットである.これまで,凝集核形成過程を選択的に阻害する薬剤として,アルツハイマー病予防に有効な漢方・抑肝散の構成生薬であるチョウトウコウからウンカリン酸C(UA-C)を初めて同定した.UA-Cは,Aβ42の凝集阻害に必要なカテコール構造をもたないことから,その作用機構は興味深い.本研究では,UA-CによるAβ42のオリゴマー形成阻害機構を,質量分析法ならびに核磁気共鳴法を駆使して明らかにすることを目的としている.さらに,UA-Cと同様の構造因子をもつ生薬由来の天然物についても同様の解析を行う. 今年度は,SOFAST HMQC (1H-15N NMR) ならびにIM-MS(イオンモビリティー質量分析法)を用いた解析によって,UA-Cは28位カルボキシ基とAβ42の塩基性アミノ酸残基間のイオン結合を介して,オリゴマー化に不可欠なβシート形成を抑えていることを明らかにした.さらに,各種オリゴマーのドリフトタイムを比較することによって,4量体以上の毒性オリゴマー化が阻害されていることが判明した.またUA-C以外の化合物においては,カルボキシ基が核形成期の阻害に,平面構造が線維伸長期の阻害にそれぞれ寄与していることが明確になった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度までのUA-Cの構造活性相関研究より,UA-Cの28位カルボキシ基と平面性をもつ27位フェルラ酸部分が核形成阻害に重要であることが明らかになった.今年度はまず昨年度に確立した,Aβ42のオリゴマー検出に適した測定条件に従って,UA-C存在下でIM-MS測定し,Aβ42との付加体が検出されたオリゴマー種のドリフトタイムを比較した.その結果,低分子量のAβ42凝集体(2 ~ 3量体)と付加体を形成することにより,4量体以上の毒性オリゴマー化を阻害していることがわかった.次に,SOFAST HMQC解析でUA-CとLys残基が相互作用していたことからLys16,Lys28(Nle)2-Aβ42を合成し,UA-Cの27, 28位誘導体を組み合わせてIM-MSあるいはMS-MS測定を系統的に行ったところ,UA-CとAβ42との付加体形成は28位カルボキシ基とLys16, 28残基間のイオン結合を介して,βシート形成を抑えていた.Aβ42のGln15~Ala21およびVal24~Ile32領域における分子間βシート構造はオリゴマー化に不可欠である.次にUA-C以外の核形成阻害物質(生薬セキセツソウに含まれるアシアチン酸,ダイオウに含まれるレインなど)を用いた実験より,トリテルペンやアントラキノン骨格に結合したカルボキシ基が核形成期の阻害に,平面構造部分が線維伸長期の阻害にそれぞれ寄与していることが確認できた.本研究で得られた知見は,チョウトウコウによるアルツハイマー病緩和機序の解明だけでなく,Aβ42のオリゴマー化を効率的に抑制する新規阻害剤を開発する上で基礎となるものである. 以上の理由により,本研究はおおむね順調に進展しているものと考えている.
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今後の研究の推進方策 |
今年度,トリテルペンを中心に種々の生薬由来化合物を調べた結果,28位カルボキシ基が核形成阻害に重要であること,その活性は母核構造(アグリコン)に依存することを示唆するデータを得た.次年度は,様々な骨格を有するトリテルペンに着目し,これらの誘導体の核形成過程への影響を調べる.同時に,これらのトリテルペンを含む生薬を用いて,多変量解析から活性成分の迅速な推定法の確立を目指す.凝集能の評価は,予めヘキサフルオロ-2-プロパノール処理することで完全に単量体化したAβ42を用いて,今年度,手法を確立した連続測定型チオフラビンT蛍光試験で行う.凝集試験で核形成過程のみを阻害したトリテルペンを選抜し,イオンモビリティー質量分析 (IM-MS) 法で,相互作用するAβ42オリゴマーの大きさをドリフトタイムの摂動から決定する.分子レベルでの相互作用様式の解析には,各種天然物の存在下あるいは非存在下での15N-Aβ42の1次元diffusion NMRあるいは2次元1H-15N SOFAST-HMQCを比較し,オリゴマーと作用しているアミノ酸残基を同定する.
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