研究課題
暑熱環境下のニワトリ体内では酸化ストレスを始め、骨格筋タンパク質分解亢進や内分泌・炎症などの様々な生体変化が生じる。H28年度では、暑熱時にニワトリ体内で生じるコルチコステロン(CORT)分泌増ならびに骨格筋ミトコンドリア活性酸素(mitROS)産生が筋タンパク質分解におよぼす影響を調べた。動物実験において、暑熱感作後早期段階(0.5日後)で血中CORT濃度が上昇し、感作3日後において骨格筋タンパク質分解の指標である血中3メチルヒスチジン放出量が増加した。暑熱0.5日後におけるニワトリ骨格筋では、mitROS産生量が増加するとともに、ユビキチンプロテアーム系タンパク質分解システムの構成要素であるatrogin-1(ユビキチンリガーゼ)の遺伝子発現量が増加した。これらの結果より、CORTがmitROS産生を誘導し、骨格筋タンパク質分解を亢進する可能性が考えられたため、続いて、高温培養筋細胞を用いてこの仮説を検証した。その結果、高温処理によって、ニワトリ培養筋細胞ではatrogin-1発現量・mitROS産生量が増加すると同時に細胞タンパク質量が減少したが、ここに生理的濃度のCORTを同時添加しても、上述の3つの変化に影響は認められなかった。また、H28年度では暑熱ニワトリの骨格筋中代謝産物も測定し、暑熱1日後以降において、タンパク質合成を促す分岐鎖アミノ酸(イソロイシン、ロイシン、バリン)量がいずれも減少していることを明らかにした。以上の結果より、暑熱ニワトリで生じる骨格筋タンパク質分解はCORT分泌増ではなく骨格筋細胞におけるmitROS過剰産生がその主要因であることが示された。また、暑熱下のニワトリでは、早期段階において骨格筋タンパク質の分解亢進が始まり、その後、同タンパク質の合成不全が生じている可能性が推察された。
2: おおむね順調に進展している
H28年度の研究より、暑熱ニワトリの骨格筋タンパク質分解亢進にはミトコンドリア活性酸素が大きく関与することを実証した。古くから、暑熱時ではコルチコステロンが筋タンパク分解をもたらすと広く考えられてきたが、本年度の研究では、潜在的な誘導因子としてのミトコンドリア活性酸素に加え、同ホルモンの実質的作用の有無についても着目し、両因子が共存する際における骨格筋タンパク質分解におよぼす影響を高温培養ニワトリ筋細胞を用いて検証した。その結果、生理的濃度のコルチコステロンを上記筋細胞に添加しても筋タンパク質分解のさらなる誘導は認められず、また通常温度で培養した細胞でも筋タンパク質分解は生じないことが示され、暑熱時において、コルチコステロンはニワトリの筋タンパク分解に関与しないというこれまでの仮説を覆す知見を得た。これら知見の一部は、国内・国際学会において公表しており、また、次年度以降の研究目標達成において研究の方向性が定まった点において充分な進展と評価できる。また、H28年度では暑熱時のニワトリ骨格筋内の代謝産物の経時的変化にも着目し、分岐鎖アミノ酸(イソロイシン、ロイシン、バリン)に加え、抗酸化ペプチド(グルタチオン)の合成素材であるメチオニン量の低減などを明らかにしている。これらの結果より、暑熱時において活性酸素の過剰産生が生じる要因の一つが解明されたのに加え、骨格筋タンパク質合成不全も生じている可能性を見出した。この点について、これまでに暑熱時では甲状腺ホルモンの血中濃度が低下するとの報告があることから、細胞内代謝・内分泌の両観点から、暑熱ニワトリの骨格筋内におけるタンパク質代謝変動を究明できる糸口になると考えられる。
H28年度の研究結果より、暑熱ニワトリの骨格筋タンパク質分解にはmitROS産生が重要な役割を担っていることが示された。これより、H29年度は、暑熱時の骨格筋mitROS産生誘導メカニズムに焦点を当てる。これに当たっては、血中物質すなわち内分泌因子の観点から、①エンドトキシン(リポポリサッカライド、LPS)の血中流入、およびそれによる②血中サイトカイン量の変動、ならびに③胆汁酸を調べることで、筋細胞の代謝変化におよぼす因子を選別・特定する。①②について、腸内細菌に由来するLPSはmitROS 産生を亢進し、また骨格筋分解も誘導することが報告されている。さらにLPSは複数の組織において種々の炎症性サイトカインの発現・分泌を誘導し、このうちTL1A(鳥類におけるTNFαの代替因子)・IL6 は酸化ストレス誘導因子であることが明らかにされていることから、暑熱時においてLPS・上記因子はmitROS産生を誘導し、骨格筋タンパク質分解を誘導している可能性がある。また、③について、暑熱時では骨格筋代謝破綻のみならず胆汁酸合成の主たる場である肝臓にも傷害が生じる。肝臓傷害により、血中胆汁酸濃度が上昇し得る可能性があり、この点と骨格筋mitROS産生・タンパク質代謝変動の関連性を検証する。H28年度と同様に動物実験を行い、血中LPS・サイトカイン濃度はELISA法などで、胆汁酸はGCMSあるいはLCMSで解析し、変化が認められた因子については、引き続き、培養細胞実験を用いてその実質的作用を高度に検証する。なお、進捗状況に応じて、腸内細菌からのLPS流入がどのようにして生じているのか、暑熱ニワトリの腸管形態にも着目し、タイトジャンクションタンパク質(ZO-1)や絨毛高・陰窩深比などの形態学的観察も検討する。
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Proceedings of Japan Society of Animal Nutrition and Metabolism
巻: 60 ページ: 57-68