胚性幹(ES)細胞は、胚盤胞の内部細胞塊を培養することにより樹立される多能性幹細胞であり、ほぼ無限に多能性を維持することができる。一方、内部細胞塊は発生のごく初期に一過性に出現して数日で分化していく運命にある。内部細胞塊の細胞が、樹立の過程でどのように永続的に未分化性を維持する能力を獲得するのかは未解明であった。本研究課題では、まず、ES細胞の樹立と維持の過程で要求される条件の検討を行った。その結果、分化抑制に重要な白血病阻止因子(LIF)やGSK3β阻害剤は未分化状態の維持に必須であったが、MEK/ERK阻害剤は不要であることを見出した。しかし、MEK阻害剤を含まない条件ではES細胞の樹立はできず、未分化マーカーの抑制と原始内胚葉系マーカーの上昇が確認された。培養条件を時期を追って変化させる樹立実験の結果、MEK阻害剤が重要なのは培養開始3日間のみで、その後は不要であることがわかった。網羅的転写解析の結果、MEK阻害剤は樹立の過程において、Fgfr2など原始内胚葉系への分化の抑制に機能していることが示唆された。MEK阻害剤はゲノムインプリンティングを制御するDNAのメチル化を低下させる働きがある。実際、MEK阻害剤含有条件で培養したES細胞では、インプリンティング遺伝子領域のDNAメチル化が顕著に低下していた。一方、上述の成果に基づき、MEK阻害剤の使用を最低限にして樹立したES細胞では、予想通りインプリンティング遺伝子領域のDNAメチル化が維持されていた。前半の成果は2018年に論文として発表し、後半の成果は現在論文として投稿準備中である。
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