研究課題
インフルエンザウイルス感染をはじめとした感染症は、現代においてもいまだ人類の脅威であり、現状の対抗策のみでは限界を迎えることが危惧されている。これまでに申請者はインフルエンザウイルスが宿主細胞に感染する際に、宿主細胞内カルシウム濃度が一過的に上昇することを見出している。さらに、このカルシウム濃度上昇によって、細胞内シグナル伝達ネットワークが発動し、細胞が物質を取り込む機構であるエンドサイトーシスが亢進することを明らかにしている。インフルエンザウイルスは自らエンドサイトーシスを亢進させ、それに乗じて宿主細胞に取り込まれるといった巧妙な手段で宿主内に侵入する。そこで、ウイルスが細胞内カルシウム濃度上昇を引き起こす機構を明らかにすることで、インフルエンザウイルス宿主細胞侵入機構が解明され、さらにその経路を標的にした創薬につながるのではないかと考えた。昨年度は、カルシウムチャネルがウイルスによる細胞内カルシウム濃度上昇に関与し、ウイルスタンパク質と結合することを明らかにした。さらに、これら両タンパク質の結合にはカルシウムチャネルのシアル化が重要であることを明らかにし、その相互作用が感染に重要であることも示した。また、カルシウムブロッカーをマウスに投与すると、薬剤濃度依存的にウイルス感染抑制効果を示した。この感染抑制効果は薬剤投与をウイルス感染前に行った場合および、感染後に行った場合のどちらにおいても認められたことから、予防的にも治療的にも有効であることが示唆された。H1N1だけでなくH3N2でもin vivoで抑制効果が確認された。3次元培養したヒト気道上皮細胞株においてもカルシウムブロッカーがウイルス感染抑制効果を示したことから、カルシウムチャネルがヒトにおいてもインフルエンザウイルス感染を制御することが示唆され、カルシウムチャネルを標的とした治療が有効であることが期待される。
1: 当初の計画以上に進展している
当初の計画通りに、H1N1以外にもH3N2株の感染がカルシウムブロッカーで抑制されることをin vivoで評価することができた。また、感染マウスでのウイルス増殖量だけでなくマウス自身の生存も評価することができ、カルシウムブロッカー投与によってウイルス感染マウスの生存がコントロールと比して延長することが明らかになった。さらに、ヒト気道上皮細胞での感染実験、さらには3次元培養したex vivoでの実験は計画していなかったが、ヒト気道上皮細胞を3次元培養する系を構築することができ、ウイルス感染および免疫染色にも成功したため、ex vivoでカルシウムブロッカーがウイルス感染抑制効果を有することを示すことができた。以上により、カルシウムチャネルがインフルエンザウイルス感染を制御することが示されたため、カルシウムチャネルを標的とした治療が有効であることがより強く支持される。したがって、将来的な抗ウイルス感染症対策基盤の構築が進んだと考えており、現在までの進捗状況としては、当初の計画以上に進んでいると評価している。
昨年度までにウイルスのHAタンパク質とカルシウムチャネルの結合を明らかにしているが、様々な亜型のウイルスのHAがカルシウムチャネルと結合するか検証する。相互作用が確認された亜型のウイルスを用いて、ex vivoおよびin vivoでの感染実験を行い、カルシウムチャネルを標的とした治療が一般性を有するか検証する。前年度までに気道上皮由来の培養細胞の三次元培養系、感染、および免疫染色の手法を確立しているので、ex vivoの実験はこの系を用いる。また、HAとカルシウムチャネルの相互作用を可視化する系を構築する。構築した系を用いて、HAとカルシウムチャネルの結合を阻害する少分子化合物のスクリーニングを行う。同時に、カルシウムブロッカーのうち一種類がHAとの相互作用を阻害する予備的データも得られているので、この薬剤がHAとカルシウムチャネルの相互作用を阻害するメカニズムを明らかにする。さらに、この薬剤をリード化合物としてカルシウムチャネルの活性は抑えずに、HAとの相互作用のみを抑制する化合物の探索も行う予定である。他にも、カルシウムチャネルの1細胞あたりの発現量が多いとウイルス感染が促進し、少ないと感染が成立しないことが明らかになりつつある。そこで、カルシウムチャネルの発現量がウイルス感染が成立するか否かを決定する因子であるか検証する。これまでに、ウイルスを高濃度で感染させても全体の半分程度の細胞しか感染が成立しない細胞株を数種類同定している。もしカルシウムチャネルが感染の可否を決定する因子ならば、ウイルス感染のコンピテンシー決定機構の一端を明らかにすることが期待される。以上により、カルシウムチャネルが真にインフルエンザウイルス感染に鍵となる受容体タンパク質であるかどうか詳細に解析する予定である。
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J Dermatol Sci
巻: 印刷中 ページ: 印刷中
10.1016/j.jdermsci.2018.01.014
PLoS Pathogen
巻: 14 ページ: e1006848
10.1371/journal.ppat.1006848
http://cp.med.hokudai.ac.jp