研究課題/領域番号 |
16H06255
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
松元 慎吾 北海道大学, 情報科学研究院, 准教授 (90741041)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | MRI / 核偏極 / 代謝 / 分子イメージング |
研究実績の概要 |
病因となる遺伝子変異の多くは特徴的な代謝変化を伴う。超偏極13C核磁気共鳴画像(MRI)は13C NMR信号を数万倍に励起することで、生体内の代謝反応をリアルタイムに可視化する最先端技術である。非侵襲的な癌転移巣の瞬時診断や、炎症部位の可視化など、その応用性が極めて高い反面、超電導磁石を必要とする13C励起装置の導入費用は数億円にも上る。本課題では、1)水素エネルギーを活用し、現行装置の10分の1のコストで導入可能な13C励起システムを開発する。この励起装置を用い、2)特異的な代謝変化を指標として、後天的に生じた遺伝子変異の体内分布を非侵襲的に可視化するMRI技術を創出する。 3年目である平成30年度は前年度までに開発したパラ水素誘起偏極型の13C励起装置をベースに更なる偏極率の改善に取り組んだ。水添装置の改良と、分極移動のための変動磁場パルスの最適解を算出する量子統計力学計算法を確立したことにより、[1-13C]ピルビン酸アリルの13C MRI信号が前年度末の1万倍から8万倍励起まで大幅に改善できた。今後は装置の性能安定化を図りながら、企業との共同開発により、まずは前臨床研究用の装置として製品化を進めていく。 生体内で起こる代謝反応をリアルタイムに計測するには、より高速な撮像シーケンスが求められる。代謝MRIに用いる化学シフトイメージング法の高速化のため、部分フーリエ撮像法および圧縮センシングによるスパース計測データの撮像シーケンスおよび深層学習による画像再構成法を開発した。デフォルトの撮像と比べ、約5倍の高速化を達成し、本研究成果はH30年9月の日本磁気共鳴医学会にて発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
1) パラ水素誘起分極型の13C励起装置の開発 水素分子の核スピン異性体であるパラ型の水素ガスを炭素多重結合に付加すると、その付加した水素原子の核スピンの向きが揃い、超偏極の状態となる。この超偏極1Hを持つ分子を「ただ一定速度で流すだけ」で、量子計算により求めた1Hから13Cへの分極移動を誘導する最適な磁場サイクルを受けるフロー式の13C励起装置の基本骨格は前年度までに確立し、H30年度はその最適化による偏極率の向上を図った。水添過程の改良と、量子統計力学計算による分極移動に必要な変動磁場パルスの最適条件の計算により、13C標識した酢酸アリルおよびピルビン酸アリルにおける13C MRI信号強度は、H29年度末の1万倍から8万倍励起にまで改善された。これは遺伝子変異による異常な代謝反応の検出感度の上昇を意味する。今後はエステル体から加水分解により不飽和サイドアームを切り離す過程を最適化することにより、励起装置の性能向上を目指す。
2) 遺伝子変異モデル作成と代謝プローブの開発 後天的に変異した遺伝子から作られる異常タンパク質には、変異遺伝子に応じた特徴的な代謝変化をもたらすものが多く存在する。異なる遺伝子変異を持つ3種類の膵管癌モデルの系を作成し、現在、自然発祥と同所移植の2種類の肝臓癌モデルの作成を行っている。代謝プローブ開発においては、パラ水素誘起分極法により約8万倍MRI信号を増幅した13C標識酢酸およびピルビン酸の調整法を確立した。共同研究で進めているミトコンドリア複合体IIの遺伝子変異を標的とするフマル酸前駆体プローブの有機合成経路も確立し、パラ水素誘起偏極により超偏極誘導できることを確認した。
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今後の研究の推進方策 |
パラ水素誘起分極法による13C励起装置の基本骨格は完成し、今後は超偏極誘導した13Cアリルエステル前駆体を瞬時にアルカリ加水分解し、目的の代謝プローブを抽出・精製するプロセスの最適化を行い、その最適条件を励起装置に実装することで偏極ロスを抑制し、励起装置の性能向上を目指す。最終的な励起効率の改善に繋げる。十分に最適化したのちに、励起効率とコストの両面から、従来の励起装置との性能比較を行う。 現行の動的核偏極による13C励起装置が、見たい代謝プローブを直接励起できるのに対し、パラ水素誘起分極法ではパラ水素付加反応により核偏極を誘導すうため、炭素多重結合を持つ前駆体が必要となる。サイドアーム型のパラ水素誘起分極法により、不飽和アルコールのエステル前駆体にすることでカルボン酸を有する多様な代謝プローブに超偏極誘導できる13C励起装置の開発の目処が立ったため、最終年度では癌や脳神経疾患を標的とした実用性の評価を行う。異なる遺伝子変異を持つ担癌モデルおよび遺伝子変異による脳神経疾患モデルマウスにおいて、超偏極13C MRIによる代謝イメージングを実施し、遺伝子変異に由来する代謝変容を非侵襲的に検出可能か検証する。
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