研究課題/領域番号 |
16H06283
|
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
松沢 哲郎 京都大学, 高等研究院, 特別教授 (60111986)
|
研究分担者 |
平田 聡 京都大学, 野生動物研究センター, 教授 (80396225)
足立 幾磨 京都大学, 霊長類研究所, 准教授 (80543214)
林 美里 京都大学, 霊長類研究所, 助教 (50444493)
山本 真也 京都大学, 高等研究院, 准教授 (40585767)
森村 成樹 京都大学, 野生動物研究センター, 特定准教授 (90396226)
|
研究期間 (年度) |
2016-04-26 – 2021-03-31
|
キーワード | 比較認知科学 / 言語 / 利他性 / 生涯発達 / チンパンジー |
研究実績の概要 |
本研究は、言語と利他性が人間の子育てや教育や社会といった本性の理解に不可欠だという視点から、①人間にとって最も近縁なチンパンジー属2種(チンパンジーとボノボ)とその外群としてのオランウータン、さらにその外群として他の霊長類や哺乳類を研究対象に、②野外研究と実験研究を組み合わせ、③認知機能とその発達や社会的知性に焦点をあてることで、人間の本性の進化的起源を明らかにすることを目的とした。チンパンジーの野外研究はギニア、ボノボの野外研究はコンゴ、実験研究は霊長類研究所と熊本サンクチュアリで実施した。進化的基盤を探る外群としてオランウータン、キンシコウ、ウマ、イヌ、スナメリを対象として、彼らの暮らしと知性の研究を推進した。チンパンジーで、数字系列0から19までの理解と瞬間記憶の研究をおこなった。「神経衰弱」と名付けた課題から空間配置を瞬時に記憶していることがわかった。また循環的関係の理解について、じゃんけんの規則を学習できることを実証した。チンパンジー親子3組で「利他的(相手だけに報酬)」「利己的(自分にだけ報酬)」「向社会的(自他の双方に報酬)」という3択をさせると、向社会的な選択を好むことがわかった。「利他」か「利己」かという究極の選択で、子どもでは「利己」と「利他」のあいだを揺れ動くことがわかり、利他性の強い人間との違いが際立った。オランウータンやキンシコウなど他の霊長類での野外研究を進めた。さらに霊長類の外群として、ウマの研究では、ドローンを利用した空撮で個体の空間配置を解析することで、オスが群れの外側に位置してハーディングと呼ばれる行動で群れをまとめていることを明らかにし、実験研究では高い他者理解能力をもつことを実証した。イヌやスナメリを対象とした研究も始まり、チンパンジーから対象を広げた研究ができた。研究成果を『分かちあう心の進化』として出版した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
人間に最も近縁なチンパンジー属から研究対象種ごとに、実験室の認知研究、野外の観察研究の順に述べる。チンパンジーの瞬間記憶の研究では、「神経衰弱」と名付けた課題から空間配置を瞬時に記憶していることがわかった。物を操作する行動(定位操作と道具使用)を指標とした比較認知発達研究や、野生での道具使用の観察を継続した。定位操作の一種である入れ子のカップを組み合わせる課題で、チンパンジーとヒト幼児の操作に見られる行為の文法的規則性について直接比較した。また人間以外では困難といわれる循環的関係の理解について、じゃんけんの規則を学習できることを実証した。利他行動については、親子3組で「利他的(相手だけに報酬)」「利己的(自分にだけ報酬)」「向社会的(自他の双方に報酬)」という3択で検討し、利他性の強い人間との違いが際立った。野生オランウータン、雲南のキンシコウ、ゴロンゴーザのヒヒ、笹ヶ峰のニホンザルを対象に、野生霊長類が自然の暮らしの中で発揮する利他性と社会的基盤の解明を進めた。野生ウマの研究では、直接の行動観察に加えてドローンを使って個体の空間配置を解析することで、オスが群れの外側に位置してハーディングと呼ばれる行動で群れをまとめているようすが明らかとなった。また飼育ウマの認知に関する研究では、人間に対して高い他者理解能力を持つ可能性を示した。イヌについては、台湾で野犬にGPSを装着し、オキシトシン投与前後での集団性の変化を調べた。海洋性哺乳類であるスナメリについては、ドローンを使った行動研究に着手し、船舶とすれ違う危険な状況において、集団サイズが大きいほど潜水時間が短くなり素早く危険を回避していることがわかった。つまり社会性が乏しいと考えられていたスナメリが、集団で危険に対処していることを明らかにした。なお固定翼ドローンを導入して、成果を野生チンパンジーにも還元する準備をした。
|
今後の研究の推進方策 |
実験室の認知研究、野外の観察研究の順に述べる。認知研究では、まずチンパンジーの1個体場面で、言語の認知的基盤の解明に向けて、数字の記憶、感覚間一致、対象操作や道具使用にみられる行為の文法、情動の認知、他者の心を理解する心など、未解明の課題をおこなう。タッチパネルを利用した課題に加えて、対面での検査や、アイトラッカーをもちいた視線検出などの課題を併用する。2個体場面では、利他的行動とその基盤の解明や、共感の基礎にある行動同期現象の研究をすすめ、さらには比較認知科学実験大型ケージ施設を活用して親子や仲間の役割を探る。なおチンパンジーの群れづくりのために、霊長類研究所と熊本サンクチュアリでの個体交換の構想を進める。野外研究では、石器などの道具使用などに着目するとともに、30年間の変化を追跡するビデオ・アーカイブ化の作業を進める。AIを利用した大規模データの顔識別手法を開発し、社会交渉とその経年変化を実証的に解析する。またボノボでは新しい調査地の開拓を継続する。「チンパンジーとボノボ」、「野外と実験室」の比較研究を基盤に研究対象を他の動物種に広げる。哺乳類的起源を探るため、ウマを野外(ポルトガルのアルガ山)と飼育施設(国内)で研究する体制を確立し、ドローンを活用した空からの解析をおこなう。さらにはイヌについても実験研究と野外研究を進める。研究分担者の役割は、松沢と足立と林は霊長類研究所の担当で、平田と山本と森村は熊本サンクチュアリの担当である。足立と平田が主として実験研究を担当し、林と山本と森村が野外研究をカバーする。ウマは平田・山本で共同する。特定教員2名(狩野とリングホーファー)を雇用してウマや鳥類までを含めた比較認知科学研究を推進し、研究員・実験支援者を雇用し、研究の一部は外国人共同研究者(オックスフォード大学のドラ・ビロほか)と共同しておこなう。
|