研究課題
化審法で規定された変異原性検出試験の感度の改善:化審法で規定された変異原性検出試験は、ヒトTK6細胞の野生型のみを使う。野生型細胞は、変異原性化学物質が作ったDNA損傷を迅速かつ正確に修復できるので、感度が低いのは当然である。我々は、XRCC1と呼ばれるDNA修復タンパクの欠損TK6細胞を使った試験を従来の試験法と併用する、新しい変異原性検出試験を開発した。この併用法を小核試験(化審法で規定)に応用した。この併用法は、従来の試験法に比べ、過酸化水素やアルキル化剤の変異原性を5-10倍高い感度で検出できた(Environ & Mol Mut 2018 in press)。性ホルモンの変異原性の検出:性ホルモンや環境ホルモンは、乳がんや前立腺がんの細胞増殖を刺激することによって発がん性を発揮する。性ホルモンが電離放射線のようにゲノムDNAの切断の原因になるとは考えられていなかった。性ホルモンが細胞に働きかける時にトポイソメラーゼ2β(Top2β、ゲノムDNAの切断→再結合を繰返してゲノムDNAの絡みを解消)が触媒反応することが過去に知られていた。我々は、DNA二重鎖切断の修復欠損細胞を使い、Top2βが触媒反応中に頻回にエラーし再結合に失敗することを発見した(Mol Cell 2016, PMID:27912094)。この修復欠損細胞を使い、生理濃度(10nM)エストロゲンの高い変異原性(=二重鎖切断活性))を検出した。ミトコンドリアDNA(mtDNA)上の紫外線損傷を修復する経路の発見:紫外線や架橋剤(例、抗がん剤のシスプラチン)がmtDNAを損傷した場合、損傷は修復されないとされてきた。我々は、損傷のうち2重鎖DNA構造を大きく変えるタイプの損傷は効率よく修復されることを確認し、かつその新規修復経路に関与する分子を複数同定した。
1: 当初の計画以上に進展している
2つの理由を以下の2つの段落で説明する。我々は、新たに創ったxpa/xrcc1 二重破壊TK6株を、化審法で規定された変異原性検出試験、tk試験に応用した。そして菌を使うエイムス試験では陽性を示すが、哺乳類細胞を用いる変異原性検出試験では陰性を示す、従来、変異原性偽陽性と一応説明されてきた化学物質の1つ、オーラミンを解析した。オーラミンは、紙の着色剤として広く利用されている。我々はオーラミンの変異原性を証明できた。本研究の意義は以下の通りである。行政や化学産業のニーズは、AIにより新規化合物の化学構造から変異原性を予測することである。この予測(QSARと呼ばれる)実現には、質の高い学習データが必要である。AIの学習データには本間博士(分担研究者)が収集したエイムス試験の結果(~20,000化合物)が全世界で使われている。二重破壊TK6株を使ったtk試験により「従来、変異原性偽陽性と一応説明されてきた化学物質」が変異原性陽性であることを証明できれば、学習データの質を向上できる。この成果は、全世界で使われるQSARの性能向上に貢献するが故に「当初の計画以上に進展している」と考える。DNA二重鎖切断は、染色体ロスなど発がん性が非常に強い変異原性の原因になる。我々は、放射線被曝をしなくても、身体のなかでは大量のDNA二重鎖切断が自然発生することを見つけた。この自然発生の原因は、Top2βの触媒反応のエラーによる。Top2βの触媒反応は、細胞が性ホルモンによる刺激を受けた時に活発に起こる。我々は、生理濃度のエストロゲンの高い二重鎖切断活性を検出した。本研究は、環境要因以外に内的要因によって休止期細胞にゲノムDNAの切断が頻回に自然発生していることと、自然発生の原因(性ホルモン曝露)を世界で初めて示した。性ホルモンの強い変異原性の発見から「当初の計画以上に進展している」と考える。
化審法で規定された変異原性検出試験の感度の改善:我々は、新たに創ったxpa/xrcc1 二重破壊TK6株を使い変異原性検出の感度を十倍以上向上した。さらに向上させる為に、polη/xpa/xrcc1 三重破壊TK6株を創る。Polη欠損は、細胞の生存率を損ねることなく、感度を数倍向上させると期待している。三重破壊TK6株を、外国の研究者と共有する。共同して「エイムス試験では陽性を示すが哺乳類細胞を用いる変異原性検出試験では陰性を示す化学物質」多数の変異原性検出を試みる。性ホルモンの変異原性の検出:我々は、MCF-7乳がん細胞(血清飢餓で細胞分裂を数日停止可能)を使い、性ホルモンが休止期においてTop2βを介してDNA切断するのを検出できるバイオアッセイを確立した。このアッセイを使い、Dr. XIA Menghang(米国NIH)と共同し、様々な環境ホルモンの変異原性を検出する。共同研究遂行に院生1名をNIHに2018年5月から1年間派遣する。Dr. XIAは、様々な核内受容体(性ホルモン受容体など)を刺激する人工化学物質を過去に網羅的に解析した(Toxicology 2017, PMID: 28478275)。ミトコンドリアDNA(mtDNA)上の紫外線損傷を修復する経路の発見:我々は、ミトコンドリアのみに存在するトポイソメラーゼ1(Top1mt)がシスプラチン損傷を修復することを発見した。我々は、Top1 mt欠損マウスを米国NIHから譲渡してもらった。シスプラチン注射されたTop1mt欠損マウスが野生型に比べ腎臓障害を起こしやすいか否かを解析する。シスプラチンは増殖細胞でのDNA複製を停止させることで細胞毒性を発揮する。もしTop1mt欠損マウスが細胞増殖しない腎臓において障害を起こせば、化学物質のmtDNAへの毒性を特異的に解析できる動物実験系ができたと結論できる。
すべて 2018 2017 その他
すべて 国際共同研究 (3件) 雑誌論文 (16件) (うち国際共著 8件、 査読あり 16件、 オープンアクセス 10件) 学会発表 (29件) (うち国際学会 9件、 招待講演 11件) 備考 (2件)
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