研究課題/領域番号 |
16H06334
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研究機関 | 横浜国立大学 |
研究代表者 |
馬場 俊彦 横浜国立大学, 大学院工学研究院, 教授 (50202271)
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研究分担者 |
西島 喜明 横浜国立大学, 大学院工学研究院, 准教授 (60581452)
福田 淳二 横浜国立大学, 大学院工学研究院, 教授 (80431675)
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研究期間 (年度) |
2016-05-31 – 2021-03-31
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キーワード | ナノレーザ / フォトニック結晶 / GaInAsP半導体 / バイオセンシング / 化学センシング / イオン感応性 |
研究実績の概要 |
本研究は,代表者がこれまで開発してきたGaInAsP半導体フォトニック結晶ナノレーザバイオ化学センサにおいて,従来,同種のセンサが周辺の屈折率上昇を感知する屈折率センサであったのに対して,イオンを感知するセンサとして動作することを発見したことを契機として始まっている.昨年度までの研究で,そのような証拠となる数々の実験結果を示し,さらにはイオンがレーザ発振強度に直接的に作用する効果を利用して,アルツハイマー病のバイオマーカータンパク質の候補とされるCRMP2を簡単に検出することに成功した.本年度は,まずこの研究の延長線上で,簡易なpHセンシングを試みた.その結果,分解能0.05という市販センサ以上の高分解能が実証できた.pHは市販の測定器があるが,ナノレーザを使えば,リアルタイムに微小領域のpHがセンシングできることになり,pHに関係する様々なバイオ化学現象の解明につながる有用な技術となる.次に,このような現象把握や応用技術をもう一歩,進展させ,ナノレーザを簡易な電気化学回路であるスクリーンプリントセルの中に組み込み,バイアス電圧を印加して,ナノレーザの動作やセンシング特性を直接操作することを試した.その結果,電圧によってナノレーザ発振強度と波長を制御可能なこと,バイオマーカ検出のための抗体修飾や抗原抗体反応自体を安定化できることが明らかになった.前者は米物理学会Applied Physics Letters誌に掲載された論文がエディター特選に選ばれた.また後者については,前立腺がんマーカーPSAに対して,これまで不安定であった1fM以下の超低濃度領域の検出が安定して再現性良く得られるようになったほか,溶液のpHを最適化して抗原と抗体の帯電状態を最適化することで,選択性も向上することがわかった.これはイオン感応性を制御する超高性能センサという目標に大きく近づく成果である.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の大きな目的は,ナノレーザのような光学式センサにおいて,従来,全く議論されてこなかったイオン感応性が,センシング特性の振る舞いの理解や高性能化にとって重要な要素となっていることを示すことである.これに関していえば,昨年度までの研究で既にイオンがセンシング特性に関与している明確な証拠をいくつも提示してきており,これについては疑問の余地がない状況である.この成果を基盤として,今年はデバイスの電位を人為的に操作し,イオン感応性を制御することを試みたところ,まさに予想された制御が得られた.これは,ナノレーザという光デバイスにおいても,半導体を母体材料として使っている限り,先行して研究されているイオン感応型電界効果トランジスタ(FET)と極めて近い動作が得られていることを示すものである.このような事実を証明したのは世界的に見ても本研究が初めてである.また,本研究がこれまで発表してきたfM以下の超低濃度のタンパク質検出が,従来,説明が難しかった屈折率センシングではなく,イオンセンシングに由来することがはっきりした.従来,イオン感応FETでも相当の低濃度検出が報告されてきたが,多くの関連研究者は,その動作が不安定なことが欠点と語っている.これに対して本ナノレーザは,低濃度でも安定した検出が行えるプロトコルが得られつつある点で,大きな優位性があると言える.また,このタンパク質検出については,蛍光マーカー付きのタンパク質で同様のセンシングを行い,一分子蛍光を確認しながら,ナノレーザによる検出のダイナミクスまでを解明したいと考えており,既に本年度のその光学系と予備実験を終了している.以上の状況に鑑み,おおむね順調に進展していると自己評価した.
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今後の研究の推進方策 |
現在までの進捗状況の項で書いたように,本年度,ナノレーザを動作させ,検出評価させるための近赤外光学系に,超高感度CCDカメラを含む可視域光学系を追加した.これにより,蛍光付きタンパク質が抗原抗体反応を起こす際に,蛍光発光とナノレーザの波長シフトを同時に捉えられるようになった.超高感度CCDカメラについては,周囲の照明から入り込むわずかな迷光がバックグラウンドレベルを上昇させてしまうため,暗室を作り,その他の迷光の混入も徹底的に排除する方策を採っており,目標とするダイナミクスの解明を行いたい.また前年度までに安定した抗原抗体反応検出を実現したPSAに加え,体内の炎症を表すCRP,リウマチなどのバイオマーカーとなるIL-6など,複数のタンパク質に対して同様の抗原抗体反応センシングを行う.PSAは等電点が7付近にあり,これに対して抗原抗体反応時のpHを6以下にすると,安定した検出が行えた反面,ネガティブコントロール抗体に対する選択性も低下することが確認された.これは酸性側に設定することで抗原が正に帯電し,一方でデバイスへのバイアスによって抗体が負に帯電する状況を作り出していることに由来する.そのため,検出と選択性が最も安定したのは,pHが9のときであった.一方,タンパク質はそれぞれ固有の等電点を有し,pHによって帯電状況が異なる.PSAと同様の状況がpH制御で実現できるかどうかを検証し,さらに全てのタンパク質で共通な最適条件が得られるかどうかを調査する.これが実現できれば,本ナノレーザセンサが実用可能な抗原抗体センサとなる可能性が高くなり,本研究の最終目標に近づく.
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