ピロリ菌感染による「Hit-and-Run」発がんの成立には、発がんプロセスの初期過程を推進するピロリ菌由来がんタンパク質CagAの役割が、宿主細胞ゲノム変異に置き換えられる必要がある。そこでCagAとゲノム安定性の関連を検討したところ、CagAの単独発現細胞においてゲノムに二本鎖DNA切断(DSB)が誘導されるという予想外の事実が判明した。このDSB誘導は複合体形成を介したCagAによるPAR1bのキナーゼ活性不活化に完全に依存し、PAR1bはゲノムの安定化・保護にも深く関わるキナーゼであることが明らかになった。そこでPAR1bのリン酸化基質を探索したところ、その遺伝的欠損が家族性乳がん/卵巣がん抑制遺伝子産物として知られるBRCA1が同定された。PAR1bは BRCA1をリン酸化することでBRCA1の細胞質ー核移行を促すことが明らかになった。CagAはPAR1bのリン酸化抑制を介して BRCA1の核内移行を阻止し、DSB形成に直接つながる複製フォークの不安定化ならびに相同組換えの不活化で特徴付けられるBRCAnessを誘導した。さらに、CagA発現細胞では高率にDSBが生じるにも関わらずHippoシグナルの活性化を介してDNA損傷細胞のアポトーシスが抑制され、挿入や欠失を生じる非相同末端結合(NHEJ)を介した二本鎖切断修復が効率よく行われることも示された。以上の結果から、CagA発現細胞ではBRCAnessに依存した強力なゲノム不安定性が誘導されると結論づけられた。この成果は、CagAがPAR1b不活化を介してHippoシグナルを活性化すると同時に、DSB依存的なゲノム不安定性を誘導することを示しており、本研究の最大の目的である「Hit-and-Run発がん」のプロセスを進める分子基盤を解明したきわめて意義深い研究成果と考える。
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