研究実績の概要 |
全ての血球を産生する造血幹細胞は,多分化能と自己複製能を有する生体の恒常性維持に必須の細胞であるが,その高い増殖能ゆえに放射線の標的細胞となる.造血幹細胞への放射線ばく露により細胞障害や細胞老化が起こり,場合によっては白血病発症に至ることがげっ歯類による動物実験で明らかにされている.これらをヒトで検証する事は不可能であるが,放射線と白血病発症との間に強い因果関係がある事は被ばく者などの疫学研究から明らかである一方,ヒトでの発症機構の詳細は不明のままである.本研究では造血幹細胞としてヒト胎盤/臍帯血から高純度にCD34陽性細胞を分離精製し,ヒト造血幹細胞の放射線影響に関与する遺伝子及びそのシグナル伝達を明らかにすることを目的とした.無血清培地環境下で2 GyのX線を照射したヒト造血幹細胞を造血サイトカイン存在又は非存在下で6時間培養し,cDNAマイクロアレイ及びKeyMolnetを用いて遺伝子発現プロファイルを解析した.造血サイトカイン非存在下ではX線照射後にRB/E2FやEst, p53などの発がんに関係した発現調節の他,C/EBPなどの発生に関連した発現調節経路が亢進していた一方で,放射線防護効果を発揮するサイトカインの組み合わせ(遺伝子組換えヒトTPO + IL3 + SCF)による培養では,CD44シグナル伝達の特異的な亢進が認められた.更に,未刺激の造血幹細胞とサイトカイン非存在下でX線照射した造血幹細胞では,細胞分化や細胞寿命を調節しているCDK inhibitorシグナル伝達やFOXOシグナル伝達などの発現調節の関与が特徴的であった.今後は,造血幹細胞への放射線被ばくによる造血系へのリスク及びその発症機構に関連するシグナル経路に着目した更なる解析が必要である.
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