研究課題/領域番号 |
16H06628
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
齊藤 国靖 東北大学, 原子分子材料科学高等研究機構, 助教 (10775753)
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研究期間 (年度) |
2016-08-26 – 2018-03-31
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キーワード | 粘弾性 / 乱流 / 分子動力学法 / レオロジー |
研究実績の概要 |
高密度な粉体の粘弾性挙動を微視的なスケールから理解するために、分子動力学法を用いた数値計算と非平衡統計力学に基づく理論解析によって研究を遂行した。本年度は研究目標への最初のステップとして、最近我々が見出した高密度な粉体せん断流における乱流構造の解析を応用し、粉体のマクロなレオロジー特性の微視的理解に努めた。まず始めに、分子動力学法で計算した各粒子の速度から、平均的な速度場を差し引いたゆらぎ成分(非アフィン速度)を求め、その集団的な渦構造に関する理論解析を行った。シェアストレスなどのレオロジー特性を決定するのは、粉体粒子が空間全体に占める割合(被覆率)とせん断率であるため、分子動力学法ではこれら二つのパラメータを様々な値に設定し、マクロな物理量の変化と非アフィン速度などミクロな物理量の関係を調べた。その結果、粉体が非常に小さなせん断率でも降伏応力を示すような高密度な状態に限り、非アフィン速度の集団運動が飛躍的に促進して大きな渦構造を現すことが解った。この様な粒子の複雑な集団運動は、降伏状態の様にストレスの強い非線形性を伴う現象を微視的に説明することを非常に難しくしている。そこで、通常の乱流において渦構造の定量化に使われるエンストロフィーを粉体せん断流に適用し、非アフィン速度の渦構造と降伏状態におけるエネルギー散逸の構造を調べた。我々は、特に高密度でせん断が弱い場合に、エンストロフィーが中間的な長さスケール(メソスケール)において冪減衰を示すことを発見し、粉体の降伏状態においてエネルギーのカスケードが生じている可能性を突き止めた。数値計算で得られた冪指数を理論的に説明するために、せん断によるエネルギー注入率と、粉体の非弾性相互作用を引き起こす粒子間の粘性をパラメータとして、エンストロフィーの冪指数およびせん断率依存性を次元解析で求め、数値計算の結果と見事に一致することを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
高密度な粉体せん断流の渦構造に関する成果に加え、系の大きさが著しく増加した場合に見られる非アフィン速度の異方性に関する研究がほぼ完成しつつある。これは、これまでの分子動力学法で用いてきた粉体粒子の数を大幅に増やし、被覆率とせん断率をコントロールパラメータとした数値計算を行うことで、非ファイン速度がせん断と垂直あるいは平行な方向に揃うような集団的振舞いを観測したのが始まりである。この異方的な非アフィン速度のパワースペクトルを計算すると(これは通常の乱流におけるエネルギースペクトルに相当する関数だが、波数ベクトルの異方性も考慮している点が異なる)、特徴的な四重極構造を示すことが解り、粉体の被覆率が高く、せん断が弱い場合に特に顕著であることが確認されている。非アフィン速度の異方的な集団運動は、せん断によるシェアバンドの形成と深く関係している。我々は、数値計算で明らかになったパワースペクトルの四重極構造を理論的に説明するため、高密度な粉体に対する流体力学方程式を採用し、密度・速度・粉体温度のゆらぎ成分について線形化を行うことで、粉体の流体力学モードを解析的に求めた。特に、速度ゆらぎに対応した流体力学モードの結果から、パワースペクトルの理論的な表式を求めることが出来、分子動力学法で得られた四重極構造を見事に説明することを示した。これらの研究成果は、学術論文として投稿中である。また、本年度の研究計画の一つである粉体中の音波伝搬に関する数値結果も出揃っている。特に、高密度な粉体中に圧縮やせん断などの摂動を与えた直後から観測できる縦波や横波の分散関係を調べており、ジャミング転移点と呼ばれる臨界密度に近づくにつれて、音速や音波減衰がどの様に変化するかを議論している。今後、音波伝搬の研究成果は学術論文としてまとめる予定であり、今年度の日本物理学会でも研究の成果報告を行う予定である。
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今後の研究の推進方策 |
粉体中の音波伝搬の成果をまとめた後は、次の課題であるストレスの雪崩について研究を行う。ここでも分子動力学法による数値計算を用い、ジャミング転移点を超えた高密度な粉体に強制的なせん断を加え、降伏状態にある粉体のシェアストレスや弾性エネルギーの変化を調べる。最近、降伏状態におけるストレスなどマクロな物理量の変化が注目され、雪崩という観点から様々な研究報告がなされている。特に、雪崩に伴うストレスの急激な変化を定量化し、その統計分布を調べる手法や、より微視的に雪崩が発生する際の粒子の変位を測定する微視的な手法などが主流である。しかし、ジャミング転移点を超えた粉体の力学特性は、内部に発達した応力鎖の変化が本質であるため、我々は降伏状態における応力鎖の複雑な組み換えが、ストレスの急激な変化(雪崩)の引き金になると考えている。そこで、応力鎖の変化を定量化するため、降伏状態における力の条件付き確率分布を導入し、分子動力学法によってその分布の様子を調べる。我々は既に、せん断ではなく一様圧縮の場合に、力の条件付き確率分布を精密に測定しており、分布の関数形から圧縮下でのマクロな圧力や粒子の接触点数の平均的な振舞いを説明することに成功している。従って、同様の理論解析をせん断変形の場合に適用することは比較的容易であり、既に初歩的な計算結果を得ている。また、応力鎖の組み換えに起因したストレスの急激な変化に注目するためには、有限なせん断速度に伴うダイナミックな効果を出来る限り排除しなければならない。そのため、我々の分子動力学法では準静的なアルゴリズムを採用し、せん断を加える毎に系をエネルギーランドスケープの(局所的な)平衡状態に緩和させている。これにより、雪崩に伴うストレスの変化がほぼ不連続となり、実際の実験とも近い結果を数値的に再現している。今後、力の条件付き確率分布などの理論解析を進める予定である。
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