上皮間充織転換(EMT)は、胚発生や創傷治癒にみられる生理的な現象である。一方、成熟した上皮組織で起こる異常なEMTは、がんの転移をはじめとした病因になる。本研究では、申請者が見出した「細胞分裂方向の異常が誘導するEMT」を病態EMTモデルとして、その分子細胞メカニズムを解明することを目的とする。生体内での解析に適したショウジョウバエの上皮組織を実験モデルとして利用し、病態EMTの仕組みを理解する研究基盤を確立する。本年度は、分裂方向の異常によって誘導された間充織様細胞の細胞及び分子特性の解明に取り組んだ。 分裂方向の異常が誘導するEMTは、上皮細胞の基底方向への脱落に始まり、間充織遺伝子の発現へと続く。分裂方向の異常から細胞脱落の過程を詳細に観察したところ、脱落する基底側の娘細胞には極性タンパク質やジャンクションタンパク質が分配されていなかったことから、異常な非対称分裂が誘導されて、上皮性を喪失している可能性が示唆された。また上皮から脱落する細胞は、Matrix Metalloproteinase 1 (Mmp1)の発現を示すが、基底側に脱落した細胞で強いMmp1の発現がみられた。この結果は、上皮からの脱落過程で段階的に間充織様の形質を獲得していく可能性を示唆しており、Mmp1の発現レベルに注目することでEMTのタイムコースをモニターできると考えられる。さらに、アポトーシス抑制下で分裂方向を制御するmud遺伝子をノックダウンして誘導した間充織様細胞と、正常な上皮細胞、それぞれの遺伝子発現プロファイルをRNA-seqにより取得して、バイオインフォマティクス解析した。その結果、間充織様細胞で発現上昇した遺伝子は1057個、発現減少した遺伝子は854個であった。発現変化の顕著な遺伝子に着目して機能解析することで、これら遺伝子のEMT誘導における役割を明らかにしていきたい。
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