研究課題/領域番号 |
16H06694
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
栗本 賀世子 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 研究員 (80779661)
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研究期間 (年度) |
2016-08-26 – 2018-03-31
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キーワード | 後宮 / 殿舎 / 皇妃 / 内裏 / 源氏物語 / 竹河巻 / 紅梅巻 / 花散里 |
研究実績の概要 |
本年度の最大の実績としては、論文「〈成立〉からみた続篇の世界―描かれざる過去の実現としての紅梅・竹河巻―」が挙げられる。『源氏物語』第三部の初めに位置する紅梅・竹河巻は、紅梅大納言家・髭黒大臣家の姫君たちの天皇・上皇との結婚問題を描いた巻であるが、これらの巻は第三部の他の巻から内容が遊離しており、登場人物たちの官職が他の巻と矛盾するという大きな問題も抱え、成立論的観点から紫式部とは異なる別人の作によるとの説も提出されている。申請者は、これに対して、紅梅巻に詳しく描かれる「紅梅の御方」の名が後の宇治十帖の宿木巻にも記されること、竹河巻が前提としてなければ第三部の政治的状況が読者に分かりづらいことなどから、両巻が宇治十帖の前提として描かれることを指摘し、また官職の問題についても、他の巻との矛盾を生じさせてでも、個々の場面の必然性に応じて、新たな設定を付して登場人物を据え直す物語の方法によるものであることを説いた。さらに紅梅巻・竹河巻は、かつて第一部で結婚問題が描かれた真木柱・玉鬘という二人の女君を再登場させるのだが、真木柱や玉鬘にかつて起こりえた出来事をその姫君たちの身の上に代わりに実現させるという意義を持った巻であることも論じた。 この他、『源氏物語』の女君の一人、花散里の内裏住みについて考える論「皇妃の姉妹の内裏滞在―花散里の場合―」がある。花散里は、姉の麗景殿女御(桐壺帝の皇妃)に従って内裏に滞在していたことがあったのだが、その実態がどのようなものであったか――一時的な滞在かもしくは常駐していたかについて、史上の皇妃の姉妹の参内例と比較し、考察した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初の計画では、『源氏物語』の紅梅巻・竹河巻など続編に見られる姫君たちの入内決定・入内断念の事例について考え、他の物語作品や史上の例とも比較しつつ、『源氏物語』ならではの入内決定・断念の論理について検討する予定であった。しかし、途中で関心がそれ、紅梅巻・竹河巻の成立過程や正編からのつながりを問う論へと変化してしまった。 また、『源氏物語』に登場する後宮の建物の中で、先行研究にあまり取り扱われてこなかった二殿舎――花散里の姉女御の使用した麗景殿、朧月夜尚侍の使用した登花殿について、史実における両殿舎の使用主の傾向と比較しつつ考察を行う予定でもあった。『源氏物語』の麗景殿に関する研究については、調査と考察まで終えているが、論文化までに至らず、登花殿についても具体的に研究を進めることができなかったのが残念であった。 その一方で、麗景殿について調査を進める過程で、当初の予定になかった皇妃の姉妹の内裏居住例を見出し、論じることができたのは、大きな収穫であった。
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今後の研究の推進方策 |
今後も引き続き、皇妃や後宮殿舎に関わる資料を国史・古記録などから網羅的に見つけ出し、その基礎研究を土台として、『宇津保物語』『源氏物語』を中心とした平安朝物語の皇妃・殿舎に関する設定を検討し、個々の物語における特徴をとらえ、その背後に隠れる作者の意図を明らかにすることを目指す。 平成29年度は、まず、考察まで終えている『源氏物語』の麗景殿に関する論を論文化する予定である。 次に、『源氏物語』の賢木巻で藤壺中宮が東宮の母后として後宮に出入りすることに注目し、天皇や東宮の母后は史上においてどの程度後宮への出入りが可能だったのか、参内は無制限に許されたのか、といったことについて考える。天皇の母后については天皇との内裏での同居が指摘されているが、東宮の母后について触れた論はあまりなく、不明な点が多いので、これを調査して明らかにし、物語の解釈につなげたい。 また、平安朝物語に見られる皇族女性の入内の設定についても扱う。先行研究では、皇族女性の入内の理由について、皇位継承の正当化のために帝が先の帝の娘を娶るのだ、と説明されることが多いが、申請者は、その論理を物語にまで適用してよいのか、いささか疑念を抱いている。むしろ皇族女性の入内については、皇族の庇護というゆるやかな論理で読み解くことができるのではないか。『源氏物語』を始めとする物語の皇族女性入内の事例について一つ一つ取り上げ、考えていく。
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