本年度最大の実績としては、『源氏物語 煌めくことばの世界Ⅱ』所収の論文「花散る里の女御―麗景殿のイメージをめぐって―」が挙げられる。平安京内裏の後宮の建物の一つ、麗景殿は、『源氏物語』では光源氏の夫人、花散里の姉女御(桐壺帝の麗景殿女御)の住まいであった。しかしこの殿舎に関しては、先行研究ではあまり取り扱われることはなく、殿舎の特徴など明らかにされていない部分も多かった。本論文では、史上の麗景殿の居住者の調査から、麗景殿が後見を失ったり寵愛を失ったりして境遇の変化を経験した不安定な身の上の皇妃の住まいとなることが多かったこと、そのことが親のみならず夫の桐壺帝を失って寄る辺ない身の上になっていた花散里の姉女御の住まいを麗景殿とする決め手になったのではないかと考える。さらに具体的には、史上の村上天皇の庇護を受けて父の死後に入内した麗景殿女御荘子女王を花散里の姉女御の准拠として指摘した。 この他、日本文学協会研究発表会(於新潟大学)では「『源氏物語』朱雀朝の藤壺中宮の里住み―史上の東宮母と比較して―」の題目で口頭発表した。『源氏物語』朱雀朝における藤壺中宮は、桐壺院と共に後院で生活しており、夫院の死後も里の三条宮に移って、内裏に居住する息子の東宮とは離れ離れに暮らしていたが、その原因として、当代の帝と家族関係にない中宮は内裏に住むことはもちろん入ることも許されなかったという史上の慣例があったことを指摘した。その一方、物語の賢木巻で、朱雀朝におけるただ一度の藤壺中宮の参内場面が描かれているのが問題になるわけだが、それについては、物語は出家前の藤壺中宮に我が子の東宮に最後の別れを告げさせるために、史実に反して当代と無関係の中宮の参内場面を描いたのだと解した。
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