本年度は,前年度からずれ込んだ新規事例産地の資料収集を進めると共に,新規事例産地に関する分析を行った。 まず,前年度に新たに史資料の存在を確認することが出来た2つの産地について資料収集を行った。また,時系列データの獲得が出来ていなかったもう1つの産地についても,データを入手することができた。史資料やデータの入手に当初の予定よりも時間を要したものの,結果として事例産地を増やすことができたことは重要な成果だったといえる。これらの史資料を踏まえた分析については,まず学会報告を行いフィードバックを得た。その内容をもとに資料の再収集と再分析を行い,論文の執筆を進めた。中心的に分析を進めたのは熊本県内の産地である。当該産地が一時は新興産地ながら躍進しつつも,その後低迷する中,いかにして産地革新を遂げたのかを分析した。そこでは,革新の方向性そのものは従前より当該産地が持っていた戦略を引き継ぐものだったが,その実現が業界の技術水準に強く規定されざるを得ず,革新の実現に時間を要したことを確認した。 本研究が理論的に注目していたのは,企業家を中心とする地域内の革新プロセスの成否であった。以上の実証的成果からは,企業家のビジョンそのものが長期的には正しくとも,産地内の革新実現が,素材メーカーや研究機関,競合産地といった他主体からなる業界としての技術段階に大きく影響を受ける事実が浮き彫りとなった。こうした革新プロセスを左右する要因がより多面的に示されたことは,今後の理論的示唆につながる成果である。
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