研究課題/領域番号 |
16H06817
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
長谷川 真奈 新潟大学, 医歯学総合病院, 医員 (90779620)
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研究期間 (年度) |
2016-08-26 – 2018-03-31
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キーワード | 痛み / ストレス / 顎関節症 / RVM / ニューロン / ラット |
研究実績の概要 |
ストレスによる顎口腔領域に生じる痛みの増強は、三叉神経脊髄路核尾側亜核(Vc)部の興奮性の増大によることが示されている。Vc部は末梢部の侵害受容反応を受容するが、同時に脳幹にある吻側延髄腹内側部(RVM)からの下行性入力を受け疼痛応答を調節する特長を持つ。RVMはVc部にセロトニン性(5HT)等の下行性線維を送りVc部の興奮性を調節する。従来、RVMの下行性出力がVc部の興奮を抑制し、疼痛反応を低下させることから疼痛抑制系としての役割が強調されてきた。ところが疼痛の強度、持続期間などの状況の変化に伴い、RVMの役割が疼痛の“抑制”から“促進”に“スイッチする”事実が明らかになった。その脳神経学的基盤としてRVMの神経細胞機能の可塑的変化が有力な説として支持されている。例えばストレス状態での後肢の疼痛応答の増大は RVMの機能変化によるという科学的根拠が示された (Imbe Okamoto et al. Pain 2004, Brain Res 2010)。また、顎関節応答性のRVMニューロンの電気生理学的性質が報告されたが(Okamoto et al. J Neurophysiol 2015)、ストレス状態での顎口腔領域に生じる痛みの増大をRVMの神経細胞の性質の変調という点から追求した研究は見られない。そこで、本研究では、ストレスが顎口腔への疼痛刺激によるRVMニューロンの興奮性に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。 今年度は、①ストレスモデルの作製とその妥当性の評価をラットの水泳時間の時間的因子で ②非ストレス群動物を用いたRVMニューロンの特性の把握を電気生理学的に定量することを目的に行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、前述した目的を達成するため、ラットを実験モデルとし、顎関節痛に対するストレスの影響をRVMでの神経興奮を指標に検索することとした。神経興奮は電気生理学的に定量する。今年度は、以下①、②の2つの実験を行った。 ① 吻側延髄腹内側部(RVM)での単一神経細胞記録 ストレス群と非ストレス群の動物を用いて、全身麻酔下で該当部位の骨に電極を刺入用の穴を開け、RVM相当部に微少電極を入れ、上下方向に電極を微動させながら、尻尾へのピンセットによるつまみ動作に応答する神経細胞を同定する。この際、対象となるのは、1:ON Cell つまみ動作に対して応答する神経細胞 2:OFF Cell 持続的な活動を有しているが、つまみ動作を受けることで抑制される神経細胞 3: Neutral Cell つまみ動作に対して反応しない の3種類の神経細胞である。両群での3種類の神経細胞の比率を比較する。 ②疼痛刺激 両群の動物に対し、尻尾・後肢・前肢および咬筋相当部皮膚へのピンセットによるつまみ動作、後肢・咬筋相当部皮膚への温冷刺激装置 (Medoc社)を介した50度の熱刺激を行い、それぞれの応答性を記録し、その活動量や活動を開始する温度を両群間で比較する。実験の目的は顎口腔領域への疼痛刺激によるRVMの興奮性の変化を記録することであるが、RVMニューロンは四肢領域と顎口腔系すなわち三叉神経支配領域とで疼痛刺激に対する反応性が異なることが多いため、同動物に四肢領域と三叉神経支配領域の両部位への疼痛刺激を行い、RVMの特性を比較する。 ストレスモデルの作製には、水槽での強制水泳モデルを採用した。ラットを水槽内で一定時間泳がせる際の静止状態の時間を測定した。従来までの報告と同様に連続した強制水泳では静止状態の時間が延長する“うつ”状態が見られた。よって、次年度にはこのモデルを用いることとする。
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今後の研究の推進方策 |
前年度に引き続き、上述①、②の電気生理学的手法を用いてデータ収集を行い、ストレス状態がRVMニューロンの興奮性に及ぼす影響を明らかにする。ストレス群並びに非ストレス群でのRVMニューロンの特性(3種類の神経細胞の比率やそれぞれの神経細胞の侵害刺激に対する応答性)を比較するため可能な限りサンプル数を得る。国際誌への投稿を目指し、最終年度には“うつ”状態が神経細胞特性や活動性に影響を及ぼしているという仮説を明らかとするため、下記③の実験を追加する。 ③ セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の全身(腹腔内)投与 セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は強制ストレスモデルにおけるウツ行動を軽減することが知られる(Porsolt 1977)。よって、ストレスによるウツ状態の改善が、顎口腔系への疼痛刺激に対するRVMニューロンの興奮性に与える影響を検討する。ストレス群動物に対し、ストレス処置後、SSRIを全身投与後、① ②の実験を行い、溶媒投与群と神経活動量や活動様式を比較する。SSRIはFluoxetine (Tocris, 50mg/kg,Leventhalら、JPET 2007)を用いる。 本研究はストレス状態での三叉神経領域への疼痛刺激によるRVMの神経興奮を定量化し、その役割を追求する。得られる結果はRVMの神経興奮の変調という点でストレスと痛みをリンクさせる意義のある所見となる。つまり今後、中枢神経指向性の治療薬の開発をふまえ、有用な科学的根拠をもたらすと考える。今年度は、得られた結果について学会発表や論文投稿を行い、研究成果とその有用性を国内外へ広く発信することを目指す。
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