本研究は、出産という私的な領域に、社会や国家権力の影響が及ぶ過程を明らかにするものである。フランス植民地期には助産の担い手であった「産婆」に近代西洋医学の研修を受けさせ、農村での出産に関与していた。しかし、植民地からの独立を経たのち、南北ベトナム分断期にはそれぞれ公的医療制度のもとで「助産師」を養成し助産院での出産を推奨してきた。一方、家庭内では妊産婦へ母親や女性親族が様々な養生法のような習慣を伝承してきていた。しかし、戦争や産児制限の導入という要因により、少なくとも都市部では、そのような習慣を厳格に継承していっているとは言いがたい。「出産」は、近代と伝統的価値観が混交しあう場なのである。
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