研究課題/領域番号 |
16H06881
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
南迫 葉月 京都大学, 法学研究科, 特定助教 (90784108)
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研究期間 (年度) |
2016-08-26 – 2018-03-31
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キーワード | 司法取引 / 協議・合意 / 自白 / 答弁取引 |
研究実績の概要 |
平成28年5月,取調べに代わる新たな供述証拠の収集手段として,「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意」が導入された。これは,被疑者・被告人が共犯者等の他人の犯罪事実の捜査や訴追に協力することと引換に,国家機関が恩典を付与することを合意する,いわゆる「司法取引」である。同制度を有効活用すれば,経済犯罪や薬物犯罪等の組織的に行われる犯罪について,末端の関与者との取引を通じて,より上位者の刑事責任を解明・追及することが可能になる。しかし,利益と引換に供述を獲得する手法であるため,利益欲しさに虚偽供述が行われる危険がある。本研究は,この危険に対する安全策を模索するべく,取引当事者から中立的立場にある「裁判所」に期待される役割を調査した。 本年度は,司法取引について議論の蓄積のあるアメリカ法を調査・分析した。アメリカでは,答弁取引への裁判所の関与形態が法域によって大きく異なるため,多様な分析・比較が可能となる。そして,アメリカ法から得られた示唆をもとに,日本の合意制度において,虚偽供述を防止する方策を検討した。その結果を,次の2つの方法で公表した。 第1に,日本刑法学会関西部会冬季例会において,「協議・合意制度における虚偽供述の防止についての研究」という題で報告を行った。本報告では,司法取引において虚偽供述を防止する手段として,裁判所が取引による自白の任意性を吟味することを指摘した。 第2に,京都大学法学会の発行する法学論叢において,「協議・合意制度における虚偽供述の防止についての研究(一)」を公表した。本稿では,合意制度に内在する虚偽供述の危険について,現行の刑事訴訟法の下で生じる法解釈上の問題を明らかにするとともに,アメリカの司法取引制度の概要を紹介した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画では,アメリカ法についての基礎的な文献を収集し,アメリカ司法取引制度の調査・分析を行うことを予定していた。より具体的には,司法取引への裁判所の関与形態を法域ごとに調査することを計画していた。 本年度は,その予定通り,連邦及び各州の規則や判例,学説上の議論を通じて,各法域における裁判所の関与形態の相違を調査することができた。一方で,連邦及び多くの州では,裁判所の取引交渉への関与を禁止し,事後的に協力の任意性や合意内容を審査するにとどまる。他方で,New York州やArizona州を始め,裁判所がより積極的に交渉に参加し,被告人に取引上の選択肢について情報提供を行う州も増えつつあることが明らかとなった。 さらに,裁判所が取引に関与するメリット・デメリットも調査・分析することができた。メリットとしては、被告人への情報提供の充実、検察官の権限濫用の有無をチェックできること等が挙げられる。デメリットとしては、裁判所の関与が被告人に取引に応じるよう強制的な効果を有すること、公正な裁判を期待できないこと、検察官の訴追裁量を侵害すること等が指摘される。 以上の調査結果から,アメリカにおける答弁取引制度の基礎的知識を習得するとともに,法域ごとに異なる制度間の比較分析を行うことができるようになった。これは,次年度に予定しているアメリカ法の応用的・発展的分析の基礎を提供する。また,次年度には,日本法について考察することも予定しているところ,アメリカの様々な制度の在り方は,比較対象を提示するとともに,利点・問題点を明らかにするものとして,非常に示唆に富む。
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今後の研究の推進方策 |
今後は,本年度のアメリカ法に関する基本的知識を踏まえ,同法の応用的・発展的文献を調査・分析する。近時,アメリカにおいても,司法取引を適正化するために如何に裁判所を活用するかを考察する学術文献が公刊されてきている。これらの論文を比較・精読することが,応用的な考察につながるであろう。 その際,司法取引に限らず,連邦及び各州の刑事手続制度全体に視野を広げて,基本的文献の調査も引き続き継続する。本年度の研究では,連邦や各州における裁判所の役割を比較し,メリット・デメリットを調査した。今後は,さらにそのような制度間の相違の背景にある理論的基礎について理解を深め,発展的考察につなげる。 さらに,今後は,アメリカ法の考察結果を踏まえて,日本法の分析・検討を行う。具体的には,第1に,新しく導入された「協議・合意制度」の全体的調査,今般は導入されなかった「刑の減軽制度」に関する法制審及び学説上の議論についての調査を行う。刑の減軽制度は,立法化されなかったが,捜査協力に対して量刑上の恩典を付与する根拠となる制度であるため,協議・合意制度を検討する際に,併せて考慮する必要がある。第2に,このような新制度の検討にとどまらず,従来の学説及び判例上の議論も調査・分析する。すなわち,司法取引は検察官の訴追裁量の濫用の危険を伴うことから,その適正な行使を確保するべく,検察官の訴追裁量権限の行使とそれに対する裁判所の審判範囲について,従来の議論を参照する。 その上で,アメリカ法・日本法に関する研究成果を総合的に整理・分析し,博士論文における研究成果と組み合わせることによって,研究の総括を行う。
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