研究課題/領域番号 |
16H06933
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
伊藤 弘明 大阪大学, 工学研究科, 特任研究員(常勤) (10783186)
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研究期間 (年度) |
2016-08-26 – 2018-03-31
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キーワード | 細胞骨格 / 界面ダイナミクス / ソフトマター物理学 / 生物物理学 / 制御工学 |
研究実績の概要 |
マイクロ流体デバイス中で、1000Hzの制御周波数、240nmの空間分解能で超高速かつ超高精度に細胞をマニピュレーション(位置操作)するシステムを用いて、赤血球細胞の変形能測定を行った。具体的には、直径8μmの円盤状をしている赤血球に対し、幅3μm、高さ3.5μmの狭窄部内に細胞を静止させ大変形させた後に、幅10μmの主流部に解放し、単一細胞の粘弾性緩和を測定した。健康状態の赤血球において、180s前後の負荷でその後の形状回復能が激変することを見出しただけでなく、ATPの少ない状態、敗血症因子が作用した状態の赤血球に対しても同様の実験・解析を行ったところ、ともにこの特徴時間スケールが異なる時間領域にシフトする結果が得られた。細胞内部の構造である細胞骨格の働きに特徴的なATP依存性が示されたことから、この180sの特徴時間スケールは単一細胞内での細胞骨格の組み換わりダイナミクスに相当する時間スケールであることが強く示唆される。 赤血球細胞の変形能を担う細胞骨格の動的構造とその帰結としての単一細胞の非線形粘弾性、健康な血液循環を維持する生命原理・機構の一端が明らかになったと言える。また、高スループットで細胞の粘弾性情報を抽出する実験システムを確立したことで、新たな力学的診断法への応用も期待される。本研究成果は学術論文として出版・プレスリリースを行い、大阪大学HPやニュースサイト等でも公表された。 また上記の研究に付随し、100sの総負荷時間ではその後の形状回復が変形の周波数に依存しないこと、100sの総負荷時間の下では狭窄部内で変形負荷がかかっている状態では100sの時間オーダーで細胞の射影面積が収縮するとともに透過光像の輝度が暗く変化すること、なども発見し、学術論文や国際会議の紀要論文として発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初に平成28年度の研究計画として予定していたのは、赤血球細胞の変形能の負荷時間依存性、ATP濃度依存性であるが、これらについては実験と解析を完遂した。予備実験で得られていたデータから発展し、非線形性の定量抽出に十分な定量実験データを取得することができたため、その結果を学術論文としてまとめ、発表することができた。 また、計画していた健康な赤血球とATP枯渇状態の赤血球の比較だけでなく、国際共同研究により、それら赤血球と敗血症因子が作用した赤血球の比較も行うことができた。高スループットで病気の細胞と健康な細胞の力学応答を測定し、違いを見出した本研究成果は、細胞の非線形非平衡性を取り出す物理学としてだけでなく、医療診断応用の観点からも意義深いものとなった。 さらに、それらの実験に付随して、細胞に狭窄部内で変形負荷を与えている最中に細胞の射影面積収縮することおよび透過構造の輝度が変化することも発見し、国際会議における発表や学術論文の発表を行うことができた。また、ある同じ時間幅の変形負荷を、連続負荷として与える場合と断続的な負荷として与える場合とで比較するという、細胞の周波数依存性を抽出するオンチップ操作について、微細加工技術とその応用のトップカンファレンス(MEMS2017、ラスベガス)に採択率9.8%のオーラルプレゼンテーションで採択され、発表と紀要論文の公表を行うこともできた。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの進捗を踏まえ、本年度は単一細胞の大変形に関する力や粘弾性の直接測定に挑戦する。この直接測定が可能になれば、これまで相対値としてしか求まらなかった細胞の粘弾性係数を絶対値として完全に定量化できると考えている。マイクロ流体デバイス内における直径8マイクロメートルの赤血球細胞に関する力測定は、測定機構、測定精度の両面で非常にチャレンジングであるが、以下の3種類の力測定機構の実装を試み、より簡便もしくは精密に測定できる手法を探る。 一つ目は、駆動ポンプ型である。マイクロ流体デバイス内にpoly(dimethylsiloxane)(PDMS)製の駆動部を作製し、駆動部の弾性のキャリブレーションを行ったあと、直接細胞に押し当てるプローブとして用いる。二つ目は、吸引ピペット型である。従来、マイクロピペットを用いて赤血球表面を吸引し、変位と吸引圧力の関係から赤血球の弾性係数測定が行われていた。この機構をマイクロ流体デバイス内に内に作製し、圧力制御とその際の変形の観察を行う。三つ目は、形状ゆらぎ計測型である。自在な細胞マニピュレーションを利用して、マイクロ流体デバイス中で細胞を静止させ、形状ゆらぎを測定する。ゆらぎスペクトル解析による粘弾性係数測定(flicker spectroscopy)を行い、狭窄部における大変形との相関を得る。 上記の手法から、細胞が変形時に受けている力の測定や、細胞の持っている弾性係数と狭窄変形の相関測定を行う。経時測定も行い、変形時の力やパラメータの時間発展を得ることができれば、細胞骨格が外部負荷のもとでどのように応答(ATP消費を伴う細胞骨格リモデリング)するのか、より詳細かつ定量的な知見を得る。
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備考 |
日本経済新聞電子版、日経産業新聞、マイナビニュース、EurekAlert!(英語)、MedicalXpress(英語)等にも記事掲載あり
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