国境をまたぐ「人の移動」について、(1)国内の雇用状況や社会保障への負担、国民統合の阻害といったマイナスの懸念による移民排斥傾向の再強化と、(2)不法移民の一括的正規化(適法化)の主張という、2つの相反する流れが観察されている。後者はさらに、(2-a)「移動の自由」という人権の価値を重視して入管法制の根本的な不当性を説く議論と、(2-b)長期不法滞在者の生活実態を尊重して滞在権を承認すべしとする議論とに分かれており、いずれも入管法制における各主権国家の裁量と衝突する。とりわけジョセフ・カレンズは近年、「不法滞在が一定期間を超えて社会的メンバーとなった者に対しては、退去強制処分をせずに一律に滞在許可を付与すべきであり、個別事例ごとの行政裁量的判断に委ねるべきではない」と主張する。そこで29年度は、かかる主張とそれに対する批判の内容を精査した上で、そのような一括的正規化が我が国の現行実定法制度において正当化されるかどうかを検討した。その結果、①不法移民に対する退去強制処分と刑事罰の双方が独立して運用され、とくに非正規入国者による不法在留および正規入国者による不法残留が継続犯として処罰される点、②入管法制が目的とする「国家の存立」は最大限の法的保護に値するものとして扱われているところ、不法滞在期間が長くなれば合法化されるとした場合には国家自体が入管法制を蔑ろにすることに繋がるため相応しくない点、③「社会的メンバー」としての実質が認められるか否か等は個別具体的判断にかかっており、在留を望む外国人自身に個別事情を主張させる手続の介在が必要である点などを考慮し、不法移民の一括的正規化は未だ正当化されないことを明らかにした。加えて、在留特別許可制度を改善し「在留特別許可に係るガイドライン」の役割を強化していく必要性を指摘した。以上の成果を雑誌論文として公表した。
|