研究実施計画に従い、『ベルリン夕刊新聞』というジャーナルの内在的な論理と戦略性を、同時代の社会的・文化的文脈に照らして歴史化し、クライストの公共圏構想の総合的評価をおこなうため、当初は前年度以来の検討課題(言論活動の特質を「電気」の比喩によって捉えるクライストの発想を、そのジャーナリズム活動に敷衍して検討すること)の継続を予定していたが、本年度はそれとは異なる方向で重要な成果が得られた。具体的には、この日刊紙に対する先行研究の対極的な評価(かたやハーバーマスの「市民的公共圏」の理念に即した「世論」形成のための規範的なフォーラム、かたやそうした啓蒙的な言論空間を撹乱する脱規範的な言語実践としての『ベルリン夕刊新聞』という評価)と、近世以来の「新聞」というメディア一般に対して寄せられてきた期待と不安、すなわち、当時の新聞の表題や表紙絵に好んで用いられた二つの神話的形象(神々の使者メルクリウスと噂の女神ファマ)のあいだの振幅が、相互に対応するものであることを明らかにした。一見逸脱的とも映るクライストのこの両義性を孕んだジャーナリズム活動は、それが近代ジャーナリズムに胚胎する問題系を集約的に引き受けている点で、むしろ新聞の範例的なあり方を体現している。 本年度は、こうした研究成果を雑誌論文の形で発表したほか、クライストにおける「公共圏」の主題をより広い文脈で問い直す趣旨の学会発表を、計3回おこなった。クライスト文学における〈君主〉と〈群集〉の形象および「政治的な嘘」を考察対象とするその一連の発表を通じて、『ベルリン夕刊新聞』において示唆されるクライストの公共圏構想と、彼の文学的テクストにおいて描かれる〈暫定的な政治的秩序〉との関連性が明らかとなり、それによってこれまでの研究成果を研究書の形にまとめて発表するための具体的な展望が得られたことは、本年度の大きな成果である。
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