研究課題/領域番号 |
16H07172
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
西野 絢子 慶應義塾大学, 文学部(三田), 助教 (60645828)
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研究期間 (年度) |
2016-08-26 – 2018-03-31
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キーワード | フランス文学 / 比較文学 / 日仏文化交流 / 日本伝統演劇 / フランス演劇 / 新作能 / クローデル |
研究実績の概要 |
能をめぐる国際交流の姿を、特に日本とフランス語圏との関係に注目して具体的に解明することを目的とした本研究において、初年度の平成28年度は、まずベルギーの劇詩人メーテルランクの作品を翻案した新作能の分析から始めた。象徴主義の戯曲『タンタジールの死』を高浜虚子が新作能『鐵門』に作り変えて上演したのが1916年のことであるが、その100周年を記念し2016年に京都観世会が復曲試演を行い、それを鑑賞する機会を得たからである。復曲企画者の一人から台本や上演資料を参照させてもらうことができ、この新作能や虚子と能の関係についての考察を進めることができた。メーテルランク作品における『タンタジールの死』の位置を明らかにし、虚子の『鐵門』と比較研究を行い、相違点を明確にし、能という舞台芸術がもつ独自性についての考察にたどり着いた。この成果は慶應義塾大学日吉紀要に論文として発表した。 次に、クローデルが能に触発されて創作したオラトリオ『火刑台上のジャンヌ・ダルク』から着想を得て創作された新作能『ジャンヌ・ダルク』に注目し、地球を一周した能を追いかけた。諸事情により、国内での能楽師や技術者へのインタビューおよび、渡仏して行うはずであったインタビューや劇評の調査は実現しなかった。しかし能本作成者とコンタクトをとり、台本、台本のフランス語訳、オルレアンでの上演資料、熊本公演のDVDを参照することができたので、オラトリオと新作能の比較研究、および受容の分析を進めた。クローデルのフランス語のテキストから新作能の仏訳への飛躍を発見し、このような点が国際的な能をめぐる創作活動の生産的側面の一例であると考え、成果を日本クローデル研究会誌に発表した。その口頭発表も行う予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初はまずクローデルのオラトリオから約80年後に創作された新作能への変遷を解明すべく、国内外の出張・調査、インタビューを行う予定であった。それは実現しなかったのだが、逆に、メーテルランク作品に関わる新作能について取り組むことができた。この考察を進めることにより、クローデルのケースとの比較も可能になり、結果的には2種類のケースを取り上げることができた。『タンタジールの死』はどんなに幼い者の命さえも容赦なく奪う死の残酷さ、運命に抵抗できない人間の無力な姿が描かれ、不条理とペシミスムに満ちている。新作能『鐵門』は同じく死の不条理、愛する者との別離の苦しみを描きながらも、結末には魂の救いが仄めかされる。『火刑台上のジャンヌ・ダルク』は、救国のヒロイン・ジャンヌの地上での悲劇を、天上での聖なるドラマに変貌させて賛美する。新作能『ジャンヌ・ダルク』も地上の悲劇を再現するが、結末は天へと上昇していくジャンヌの魂を表現している。両ケースとも、能に特有の「鎮魂」のテーマに関わり、上演自体が、劇場における儀式の成立と考えられ、そこに立ち会う観客の役割も大きい。演劇の歴史の中で、能をめぐる国際交流を可能にしているのは、能が古今東西の人間の普遍的なテーマを扱い、それを観客の心と想像力へ訴えかける、独自の劇作術と表現形式を持った舞台芸術であるからである。このように今年度は、本研究を今後も有効に進めていくうえでの重要な下地作りができたと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
1能楽師や技術者へのインタビューおよび劇評の調査を行い、現場の状況や受容の問題を整理し、前年度の成果と統合させて検討する。具体的には、『ジャンヌ・ダルク』を演じた能役者、技術者、フランス人俳優へのインタビュー、熊本県立劇場、パリ、エクサンプロヴァンスの上演関連資料や劇評の調査を行い、慶應大学文学部の紀要に発表したい。 2クローデル作品をもとにした新作能のいくつかのケースを分析することで、フランスのクローデル研究の中で解明が求められている「日本におけるクローデル受容」の問題に接続すべく取り組む。具体的には1960年代に創られた新作能『女と影』、21世紀に創作され、日仏両国で上演された新作能『内濠十二景あるいは二重の影』、および『薔薇の名―長谷寺の牡丹』の3つの新作能を、両国での受容・劇評も含めて分析し、『ジャンヌ・ダルク』とも総合して考察する。この成果はフランスのクローデル協会の会誌などフランス語での発信を考えている。 3「能をめぐる国際交流」をより広くとらえるために、フランス語圏の他作品、英語圏の新作能も視野にいれる。具体的にはマラルメの『半獣神の午後』をアレンジした同タイトルの新作能、また、この分野では代表的であるイェイツの作品の翻案能『鷹の泉』およびその改作『鷹姫』等を参照し、上記1、2の分析に活用したうえで、総合的に考察し、楽劇学会での口頭あるいは論文発表を行いたい。2018年は『鷹姫』初演50周年を記念した上演が京都で行われるので、それを鑑賞し考察を深めたい。
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