本研究の目的は,人体通信機器のサイズや装着箇所,周波数帯といった仕様に対して,高性能・低消費電力な機器の設計指針を示すことである.本年度は,三層構造電磁ファントムおよびバッテリ駆動送受信治具を用いて,人体通信の伝送効率測定を行った.ファントムはシリコン樹脂が主材料の固体ファントムであり,皮膚,脂肪,筋肉の三層で構成される.炭素粉末等の添加量を調整することで,10~30 MHzにおいて各組織の電気的特性を再現した.また,ウェアラブル機器利用時の電磁環境を忠実に再現するため,バッテリ駆動の小型送受信測定治具を開発した.これらのファントムと送受信治具を用いて,手首に装着したウェアラブル送信機と,手で触れる設置型受信機の通信を想定して伝送効率の測定を行った.また,比較のために数値ファントムモデルを用いた電磁界解析により伝送効率を計算した.その結果,ファントムによる測定値と数値ファントムモデルの計算値はよく一致し,開発したファントムと送受信治具による測定の妥当性が示された.一方で,ファントム測定値と実人体による測定値の差は,最大で8 dB程度生じた.数値人体モデルによる解析から,この差は体幹からの電界の反射に起因することが明らかになった.さらに,信号伝送において重要な役割を果たす床面グラウンドの影響評価を,実験と解析の両面から行った.結果として,ウェアラブル機器同士が極端に近接する状況では,床面グラウンドは必ずしも伝送効率を増大させる方向に寄与しないことが明らかになった.こうした状況では,床面グラウンドを経由する結合に比較し,送受信機間の直接的な結合が伝送に大きく寄与することを示している.今後は電磁界解析を駆使して,電気力線の方向等を詳細に計算し,機器のサイズや装着箇所,励振周波数が変化したときに,床面グラウンドが信号伝送に対してどのように寄与するのかを定量的に示すことが必要である.
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