〔本研究の全体像〕 本研究は、治療行為の刑法的評価の問題(治療行為論)において不足している理論的基盤を構築するべく、特に「患者の承諾」に注目し、犯罪論一般の「被害者の承諾」と比較することで、その機能と限界を明らかにすることを目的とする。そのために本研究では、つぎのような計画で検討を進めることとした。まず、①従来検討が不十分であったスイス法の現況を明らかにし、わが国の理論構築への示唆を得る。つぎに、②ドイツ法における2つの「承諾」論、つまり、犯罪論一般で論じられる「被害者の承諾」論と、医療の個別問題としての「患者の承諾」論の共通点・相違点、およびその解釈論的帰結を明らかにする。そして、③上記の成果を総合し、ドイツ語圏刑法学の議論を比較法的に考察することで、わが国の議論の理論的空隙を明らかにし、それを埋めるための方法を探る。 〔平成29年度の研究内容〕 以上の研究計画のうち平成29年度は、②ドイツ法の分析に軸足を置き、③これにより得られた比較法的知見と、わが国における既存の理論的枠組みとの統合を試みた。ドイツ法については、すでにいくつかの分析・紹介がある。しかし、わが国の先行研究は、ドイツにおける近時の(特に2000年以降の)議論状況をほとんどフォローできていない点、そして理論的には、犯罪論一般で論じられる「被害者の承諾」と、医療の個別問題としての「患者の承諾」との異同を十分意識しないまま分析を進めてきた点で問題がある。そこで本年度は、ドイツ法の理論的到達点を把握し、スイス・オーストリア法との共通点・相違点を踏まえて、わが国固有の「承諾」論体系の構築を試みた。この研究成果の一部は、平成29年度科学研究費(研究成果公開促進費「学術図書」:課題番号17HP5130)の助成を受けて、天田悠『治療行為と刑法』(成文堂・2018年)に結実している。
|