本研究では、細胞周囲に生じる微小応力の高感度・可逆的検出が可能な力学プローブの開発と、これを導入したバイオマテリアルの創製を目的とした。 プローブとして、電子豊富で蛍光性のピレン(Py)と電子不足なナフタレンジイミド(NDI)が形成する電荷移動(CT)錯体を合成した。合成分子は低濃度溶液において、可視光長波長域にCT錯体に由来する吸収を示し、またPy由来の蛍光も消失した。一方、同濃度のPy/NDI混合溶液では、新たな吸収や蛍光消光は見られず、近接効果による分子内CT錯体の形成が確認できた。続いて、プローブ両末端水酸基を開始点としたε-カプロラクトン(CL)の開環カチオン重合で、中央にプローブを1つ有する分子量数万のPCLを合成した。フィルムを作製して応力応答性を検証したが、蛍光変化は見られなかった。PCLの結晶性がフィルムを脆弱にし、十分に応力を伝達できなかったこと、また活性化プローブの再結合が速く観測できなかったことなどが原因と考えられる。 周囲環境に依存しないCT相互作用は、物理架橋点として高分子中へ導入することで、自己修復性を付与できる。そこで、PyやNDIを繰り返し単位に持つポリウレタンを合成し、種々の割合で混合してフィルムを作製した。混合フィルムは良好な力学特性を示し、76°Cに剛直な分子鎖が凝集したドメインに由来するTgを観測した。自己修復性評価のため、短冊試験片に切れ込みを入れ、素早く切断面を接合し、種々の温度で24時間修復させ、引張試験を実施した。Tg以下の30°Cや70°Cで一定の修復が確認でき、Tg以上の100°Cでも形状を維持し、CT錯体の物理架橋形成が示唆された。最後に薄膜上でウシ大動脈血管内皮細胞を培養したところ、良好に接着して汎用培養皿上と同程度の増殖速度を示した。これらの結果から、自己修復性細胞培養足場の開発に成功したと言える。
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