日本列島の人類史を考える上で、縄文時代人の生活誌の解明は重要である。縄文時代人骨の長い研究誌の中で、多くの人類学者の興味は日本列島の人々の起源を探る系譜論的研究に寄せられてきた。一方、古病理学、バイオメカニクス、人口学、安定同位体分析による食性復元など生物考古科学的研究の成果は系譜論的研究に比べると必ずしも多くなく、縄文時代人の生活誌を十分明らかにするには至っていない。特に、縄文時代人骨の変形性関節症を対象とした古病理学的研究では、いくつかの興味深い症例報告はあるものの、出現頻度の性差や年齢差、立地との関係、地域差などを追究した体系的研究は僅少である。本研究では、縄文時代人骨の椎骨と四肢骨に出現した変形性関節症を調査して、性差から性的分業の有無を確かめられるか、出現頻度が上昇する年齢はいつか、遺跡・立地により差がみられるか、地域差はみられるか、時期差はあるのか、について検討し、縄文時代人の暮らしにおける運動負荷の実態を明らかにすることを目的とした。変形性関節症は長年にわたる関節への力学的な負荷、あるいは機械的ストレスを成因とするので、この病変の出現状況の研究は、縄文時代人の身体活動をめぐる議論を深めるうえで有益である。本研究における変形性関節症の研究は、個別の症例報告に留まらない集団の生活誌の解明を目指しており、縄文時代人骨を対象とした古病理学の新たな展開に貢献するものである。 昨年度は、新潟医療福祉大学と国立科学博物館で所蔵している縄文時代人骨約50体の調査を行い、椎骨における変形性脊椎症の出現状況を確認・記録した。今年度の前半は、昨年度に引き続き縄文時代人骨を多数所蔵する研究機関(国立科学博物館、東北大学、新潟大学など)を訪問してデータ数を増やす予定である。また、前年度までに得たデータの一部を用いて現在論文を執筆中である。
|