肥満に伴う代謝・内分泌異常の発生頻度や重症度は体脂肪蓄積量(肥満度)よりもむしろ蓄積部位(体脂肪分布)と密接に関係しており,各部位における脂肪組織の生物学的特徴の違いが注目されている。近年,皮下脂肪組織(scWAT)と内臓脂肪組織(vWAT)に発現する発生遺伝子の発現パターンの違いが,両組織間の生理機能の差を生み出し,体脂肪分布を決定することが明らかになってきた。また運動は副作用のない代謝亢進薬として,肥満症治療に効果的な方法の1つである。そこで本研究は,運動が肥満による脂肪細胞の負の制御を抑制するだけでなく「健康な脂肪細胞への分化・形質転換」を可能にすることを実証し,発生生物学的エビデンスを基盤とした新しい運動療法を提案するための知見を得ることを目的とした。 Wistar系雄性ラットに60%高脂肪食飼料を摂取させ,肥満ラットを作成した後,運動トレーニング(TR)による体脂肪量変化がscWAT・vWAT,褐色脂肪組織(BAT)の発生遺伝子,分化・形質転換に及ぼす影響を検討した。トレーニング終了後に各脂肪組織を摘出後,コラゲナーゼ処理により成熟脂肪細胞と間質細胞群(SVF)に分画した。さらにSVFを継代培養することで脂肪由来間葉系幹細胞(ADSC)を採取した。成熟脂肪細胞およびADSCの発生遺伝子の発現パターンは脂肪組織部位特異性を示し,さらにTRや高脂肪食摂取による肥満による脂肪組織重量の変化に伴い,いくつかの発生遺伝子は有意な変化が認められた。中でもscWAT及びBATのホメオボックスC10(HoxC10)が顕著な変化を示したため,機能解析を試みた。ADSCにHoxC10 siRNAを導入し,分化誘導すると,TR効果と類似した機能をもつ脂肪細胞へと分化した。以上のことから,TRや肥満による脂肪組織の機能変化には少なくてもHoxC10が関与する可能性が示唆された。
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