平成28年度は、キナーゼp38による基質選別のpH依存性を生化学的に解析した。基質MK2およびATF2を試料調製し、これら基質の混合条件において、p38によるこれら基質のリン酸化の相対的な効率を調べた。この結果、正常な細胞内を模倣した中性pH(7.5)の条件においては、MK2が独占的にリン酸化され、ATF2はほとんどリン酸化を受けないことが示された。これに対し、ストレス下の細胞内を模倣した酸性pH(6.7)の条件においては、MK2のリン酸化効率は中性pHの約半分にまで減弱し、代わってATF2のリン酸化がMK2と同等まで亢進することが明らかとなった。これは研究計画時より予想されていた、ATF2のp38に対する結合配列中のHis残基のプロトン化に伴う親和性上昇を裏付けるものである。この結果より、ストレスの影響が細胞内に浸透するに従いキナーゼp38による基質選別の特性が変化し、結果として細胞応答を切替え得ることが分子論的に実証された。さらに、pH低下に伴うp38によるATF2のリン酸化の亢進の分子機構を明らかとするため、両者の親和性のpH依存性を解析した。なお、p38のMK2に対する親和性は中性・酸性pHにてほぼ一定であることを以前の研究にて確認済みである。ATPアナログ非存在下および存在下において、それぞれ核磁気共鳴化学シフト摂動法および等温滴定熱量測定法によりp38のATF2に対する親和性を測定した結果、いずれの条件においても、中性から酸性pHへのpH変化に伴い、親和性は約6倍に増強されることが明らかとなった。したがって、p38による基質選別のpH依存性はATF2に対する親和性を介して調節されていることが示唆された。これらの考察を裏付けるため、現在、His残基に変異導入したATF2変異体を用いてp38によるリン酸化効率およびp38との親和性変化が失われるかを確認中である。
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