2ヵ年計画の最終年度にあたる29年度は、虎関師錬像(和歌山県西牟婁郡白浜町 草堂寺、1346年)、春日本迹宮曼荼羅(東京 静嘉堂文庫美術館、14世紀)、春日本迹宮曼荼羅(静岡 MOA美術館、14世紀)、春日鹿曼荼羅(静岡 MOA美術館、14世紀)、仏涅槃図(東京 長寿院、1331年、助法橋尊有筆)などの作品を熟覧調査する機会を得た。 春日鹿曼荼羅(静岡 MOA美術館、14世紀)に注目した理由は、鹿の背のうえの円鏡内に描かれる春日一宮の釈迦が説法印をとるからである。一宮釈迦が同様の説法印をとる春日明神影向図(大阪 藤田美術館、1312年、高階隆兼筆)の作品研究を継続する研究代表者にとって、MOA本は比較対象とすべき重要作例である。MOA本に描かれる十一面観音が長谷寺式であらわされること、長谷寺式十一面観音は西大寺流律僧に信仰されたこと、忍性が開山となった鎌倉極楽寺の釈迦如来坐像も同様の説法印をとることから、藤田本やMOA本の制作には西大寺流の律僧が関与したと想定した。ただし釈迦にこの印をとらせる意味については考察が及ばなかった。今後の課題としたい。 また、29年度には研究代表者の所属機関で保管管理する仏涅槃図(神奈川 寶生寺、14世紀)の本格的な解体修理をおこなった。修理の過程で軸木から過去の修理銘が見いだされ、寶生寺本が15世紀末の時点ですでに当地に伝来していたことが判明した。寶生寺本は円覚寺本の系統に属する作例と思われるが、とくに神奈川宝戒寺本とは線描の質に至るまで酷似し、同一工房作かとも思われる。今後は奈良橘寺本や山梨大蔵経寺本など、円覚寺本の影響下にあると思われる作例との比較を通じて涅槃図の図像伝播の具体相と地域ごとの絵画技法の相違を検討する予定である。
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