前年度の結果から,深海の熱水噴出孔に生息する鱗を持つ巻貝スケーリーフットが鱗内部に保持する硫化鉄ナノ粒子は,鱗内部に存在する硫黄濃集部位が核となり,ここに鉄が結合することで形成されることが示唆された.本年度は,この仮説を強固にするため,硫化鉄を持たない白色スケーリーフットの殻および鱗を黒色スケーリーフットが生息するインド洋かいれいフィールドの熱水噴出孔に放置して得られたサンプル断面を電子顕微鏡で観察した.本サンプルの元となった白色スケーリーフットの鱗内部には硫黄濃集部位が存在し,また表面には硫酸バリウム等の熱水噴出孔から産出する鉱物由来の結晶が見られた.放置後のサンプルでは鉄が鱗内部に拡散していることが観測できたものの,硫黄濃集部位には鉄は凝集しておらず,別の箇所で鉄の濃縮が起こっていることが明らかとなった.さらに,本実験で得られた殻表面には微生物と共に硫化鉄ナノ粒子が付着していたが,この形状は鱗内部に含まれている硫化鉄の形状と大幅に異なる.このことから,スケーリーフットによる硫化鉄ナノ粒子形成は水熱合成された硫化鉄の付着あるいは微生物による合成ではなく,生きたスケーリーフットが自発的に合成したものであることが確定した.本研究で推定されたメカニズムを元に硫黄豊富なポリマーを合成し,これを用いて疑似海水中常温常圧にて硫化鉄形成を試みたが,スケーリーフット鱗内部で見られたようなナノ粒子を得るには至っていない.
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