研究課題/領域番号 |
16J00032
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
伊藤 嘉純 名古屋大学, 文学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | ローマ帝国 / ギリシア / スパルタ / エウリュクレス / コリントス / ローマ植民市 |
研究実績の概要 |
平成29年度は、ローマ植民市コリントスと関わりが深い、スパルタのエウリュクレスの一族に着目し、この一族の台頭の過程とコリントス内外での活動の実態を調査した。 第一に、一族興隆の祖であるエウリュクレスに関して、従来はその実態が不明確であった、スパルタおよび近隣の諸都市との関係の解明に取り組んだ。両者の関係については、古典史料の内容から実質的な支配者としての地位にあったエウリュレスによる専制的な介入や圧力が想定され、支配と従属という構図で捉えられてきた。この見解に対し、報告者は碑文史料をもとに再検討を行い、権力濫用の直接的な証拠がないことを示したうえで、地域の歴史的背景から、両者が伝統的なスパルタとラコニアの都市の関係に沿った、政治経済両面における保護・被保護の関係にあったことを明らかにした。一方、スパルタでの彼の位置付けに関して、敵対勢力との対立の中で従来想定されてきた以上に不安定なものであったことを示し、古典史料の彼に対する否定的評価が、彼らによる讒言に起因する可能性が高いことを提示した。以上の内容については、国内の研究会等で報告を行った。 第二に、彼の子孫で、1世紀中期のコリントスで活動した、ラコとスパルティアティクス父子の社会的地位の上昇に着目した。根拠とされてきた、プロクラトル職就任とその背景をめぐっては、彼ら一族の王朝が存在したという想定のもとで、スパルタでの政治的基盤が就任理由として考えられてきた。しかし、報告者は父子が一定期間、追放刑に処され、クラウディウス帝治世に地位の回復が認められた事情を踏まえ、彼らの政治的基盤ではなく、むしろ経済基盤の豊かさ、任命した皇帝との個人的信頼関係、そして当時のギリシア政策が、彼らの役職就任に大きく影響したとの想定を得た。これは外部出身のエリートによる植民市での活動の背景と地位の上昇を考察する上で、重要な意義を持つと考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
昨年度の実施計画では、エウリュクレス一族に関して、元老院議員身分に到達した2世紀の子孫のガイウス・ユリウス・エウリュクレス・ヘルクラヌスまでを対象とする予定であったが、その活動に関しては十分な調査ができなかったため、一族全体を通じた継続的なコリントスへの関与とその意義を考察する段階までには至らなかった。 また、コリントス社会を複層的に捉えることを視野に、上流階層だけでなく、一般庶民の大半を占めた中下層民に関する調査も実施する予定であったが、実際には関連史料の収集と全体の概観という限定的な作業にとどまり、詳細な分析や考察を行うことができなかった。これらの状況を考慮して、「やや遅れている」と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
今後の推進方策として、第一に、昨年度に実施できなかったガイウス・ユリウス・エウリュクレス・ヘルクラヌスの活動に関する調査と検討を、数多く残る碑文史料をもとに行い、エウリュクレスからこのヘルクラヌスまでの約2世紀にわたる一族の活動を総括する。そのうえで、この一族の事例をもとに、外部出身のギリシア人エリートの間で、植民市、特にコリントスへの進出やそこでの活動にどのような意義があったのかを、時代背景とともに出身地域との関係性を視野に入れて考察していく。 第二に、上記と同じく、前半期の課題として、コリントスの中下層民の実態に関する調査と分析を行う。一般に都市の中下層民について、文献史料からその実態を知ることは困難とされるが、本研究ではローマ帝国東方世界での都市住民に関する先行研究の見解を土台にしつつ、断片的な史料から収集した情報に加え、同じ商業都市であったポンペイのように、様々な点で類似性を有していた社会との比較を通して、コリントスの住民全体の様相をより立体的に明らかにすることを試みる。 第三に、後半期の課題として、コリントスの領域の変化の通時的な把握を行い、植民市と近隣地域や諸都市の地政学上の構図の変化を読み取っていく。植民市の領域部については、近年の考古学調査から2世紀までに段階的に拡張されていったことが知られており、この点を隣接地域の経済状況などとも照らし合わせつつ、コリントスの政治的、経済的位置付けの変化という側面から解釈していく。 来年度は、これらの一連の作業を通して、人物と領域というミクロ・マクロの両方の視点から、ギリシアにおけるコリントスの位置付けとその変遷を複合的に捉え直していくことを目標とし、研究の完成を目指して取り組んでいく。
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