研究課題/領域番号 |
16J00062
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研究機関 | 東京藝術大学 |
研究代表者 |
松原 薫 東京藝術大学, 大学院音楽研究科, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | バッハ / ゲーテ / ライヒャルト / ズルツァー / ネーゲリ / 厳格様式 / 疾風怒涛 / 作品概念 |
研究実績の概要 |
本研究は「対位法の巨匠」というJ. S. バッハ像に着目し、彼の音楽が18世紀において対位法という作曲技法とどのように関わりながら理解されたのかを、文献解釈を通じて検討するものである。2016年度は18世紀の代表的な音楽論の著述家を取り上げ、彼らの言説を読み解くことによって、下記の成果を挙げた。 (1)ハイニヒェン『作曲における通奏低音』(1728)におけるフィグーラ概念と趣味概念に着目し、18世紀前半の音楽論において生じた、理性から感性への大きな思想的転回の実態を明らかにした。 (2)マールプルクの1750年代前半の音楽批評においてバッハがフーガの巨匠として賞賛されるまでの論理、また、彼の記述の中でフーガのドイツ性と普遍性がどのように関わり、両者を成り立たせあっているのか、について考察を深めた。 (3)スイスのチューリヒを拠点として出版、音楽教育に携わったネーゲリの『バッハ論』(1800年代執筆、未公刊)と『音楽講義』(1826)の読解を通じて、バッハの音楽が古典的作品として賞賛の対象となっていること、そして過程には厳格書法(対位法やフーガ)に帰せられた過去性が重要な役割を果たしていることを指摘した。 (4)キルンベルガー『純正作曲の技法』(1771, 1776-1779)、ライヒャルトが『音楽芸術誌』(1782)に執筆したバッハ評を、ズルツァー『諸芸術の一般理論』(1771, 1774)、ゲーテのゴシック建築批評等から検討し、18世紀後半のバッハ理解が音楽に内在的な議論に終始したのではなく、同時代の美学や文芸批評との関連において理解されたことを確認した。今後さらに考察を深めていくための準備として仮説を立てるとともに、文献収集を精力的に行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究課題の第1年度目であることから、18世紀のドイツ(およびフランス、イギリス)で出版された様々な音楽論(音楽批評、音楽理論書、音楽辞典)の読解を通じて、バッハと対位法がどのように結びつけて論じられたのか、またその論点には年代による相違があるのか、といった研究課題の大枠に関わる考察を進めた。文献の収集や論点の整理を重点的に行った結果、来年度以降に個別のトピックについて議論する準備を整えることができたのは、今年度の大きな成果である。さらにハイニヒェン、マールプルク、ネーゲリについては、一歩踏み込んだ詳細な考察も進めることができた。 研究成果の公表にも努め、第20回国際美学会議で口頭発表を行うとともに、2本の論文がそれぞれ『日本18世紀学会年報』、『美学芸術学研究』に掲載された(査読付き)。また現在、複数の雑誌に論文を投稿中である。これに加えて、以上の研究成果をまとめて東京大学大学院人文社会系研究科に博士学位請求論文「J. S. バッハと18世紀における対位法の美学」を提出し、博士(文学)の学位を取得した。
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今後の研究の推進方策 |
これまではバッハと対位法をめぐる問題にとって重要な論点を18世紀を俯瞰しながら渉猟してきたが、本研究課題の2年目にあたる2017年度には、18世紀後半に焦点を絞り、下記の研究を行う予定である。 ・2017年4月からチューリッヒ大学(スイス)に研究滞在し、ネーゲリの出版事業や蔵書に関する資料を調査する。そしてネーゲリがバッハ、およびその他の過去の音楽家(フレスコバルディ、フローベルガーなど)についてどのような知識を有していたのかを明らかにする。またネーゲリによる「厳格様式の音楽芸術作品」(この一環としてバッハの対位法作品が出版された)という楽譜シリーズ出版企画の構想段階をたどることによって、1800年頃の一般の音楽愛好家が過去の音楽に対してどの程度関心を寄せていたのかを考察する。この研究を進めることによって、「厳格様式」・「自由様式」という二分法が歴史主義的な音楽観の定着にどのように貢献したのか、という問題への答えを見出すことができると考えられる。 ・キルンべルガー『純正作曲の技法』、ライヒャルト『音楽芸術誌』について、文献の読解と執筆の思想的背景に関する考察を継続する。 ・バッハの楽曲が18世紀後半の音楽論にどのような影響を与えたのか、《平均律クラヴィーア曲集》、《フーガの技法》といった特定の楽曲に着目して論じる。
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