本研究は「対位法の巨匠」というJ. S. バッハ像に着目し、18世紀に彼の音楽が対位法との関わりにおいてどのように理解されたのかを検討するものである。最終年度にあたる2019年度には下記の通り研究を遂行した。 (1)2017年4月よりチューリヒ大学(スイス)客員研究員として行った研究、調査に基づき、ネーゲリの音楽美学を「厳格様式」の作品、すなわち対位法楽曲への関心に即して捉え直した。ネーゲリがバッハを含む厳格様式の作品の出版に意欲的であったこと、他方で『音楽講義』の中では自由様式(厳格様式の対概念)を重視していたことは、一見つじつまが合わない。そこで『音楽講義』に加えて『音楽について』(チューリヒ中央図書館所蔵の草稿)、『バッハ論』を読解することにより、ネーゲリの様式観を再検討し、彼がどのようにして厳格様式に古典としての意義を見いだしたのかを明らかにした。上記の研究内容は『音楽学』に論文(「ネーゲリの音楽思想における厳格様式――『バッハおよび他の巨匠による厳格様式の音楽芸術作品』再考」)として掲載された。掲載後に得たさらなる知見を踏まえ、現在は同論文に加筆修正を行い、英語版を雑誌に投稿すべく準備中である。 (2)18世紀を通して対位法の定義、対位法観が一定ではなかったことを、当時出版された音楽辞典や、ハイニヒェン、マッテゾン、マールプルク、キルンベルガー、ライヒャルト、ネーゲリらの音楽論の読解を通じて明らかにした。その上で、対位法論の変遷とバッハ像の成立がどのようにして交わったのか、バッハが優れた対位法作曲家であるという肯定的な評価がどのようにして確立されていったのかを論じた。この成果は『バッハと対位法の美学』(春秋社、2020年)として出版した。
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