グルタミン酸受容体の一つであるNMDA受容体拮抗薬ケタミンは、治療抵抗性うつ病に対して、即効性の抗うつ効果を示すが、未だ詳細な作用機序は明らかでない。現在、多くの研究者がケタミンの作用機序解明の研究を進めている。これまで、ケタミンの光学異性体を用いた研究から、NMDA受容体への親和性が弱いRケタミンが、親和性の強いS-ケタミンより抗うつ効果が強いことを報告した(Yang et al. Tranls Psychiatry 2015)。今回、R-ケタミンの抗うつ効果に関わる分子を探るために、R-ケタミンあるいはS-ケタミンを投与した後のマウス脳サンプルのiTRAQ解析およびRNA-seq解析を実施した。これまでに両異性体の投与で発現が異なるタンパクや遺伝子を幾つか同定し、現在、詳細な実験を継続している。 一方、2010年に米国エール大学の研究グループから、ケタミンの抗うつ作用にはmTOR系が重要であることが報告されたが(Li et al. Science 2010)、その後の研究では否定した論文も多い。理由として、これまでの研究はラセミ体を使用していることも挙げられると推測される。今回、ケタミンの両異性体を用いた実験を実施した結果、R-ケタミンの抗うつ作用にMEK-ERK系が関与し、S-ケタミンの抗うつ効果にはmTOR系が関与していることを見出し、論文発表した(Yang et al. Biol Psychiatry in press)。 このように、ケタミンの抗うつ効果に関わる細胞内シグナル系の役割を一部明らかにすることが出来た。しかしながら、プロテオミクス技術で見出した候補タンパクや候補遺伝子については、詳細な実験を行うことは出来なかった。今後、引き続き、研究を進めていく予定である。
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