研究課題/領域番号 |
16J00978
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
豊田 有 京都大学, 理学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2018-03-31
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キーワード | 霊長類学 / 繁殖生態 / 性行動 / 集団遺伝 / 父子判定 / 社会行動 / ベニガオザル |
研究実績の概要 |
ベニガオザルには、生殖器の形態や交尾行動様式など繁殖に関わる形質において、他のマカク属にはみられない種固有の特徴が多く認められる。本研究では、こうしたベニガオザルの特殊な繁殖形質が強い繁殖競合によって形成されたとする仮説を設定し、検証することを目的としている。本研究では、1)野外観察に基づく性行動の観察、2)マイクロサテライトDNA分析による父子判定とオスの繁殖成功度の評価、3)群間での繁殖交流の有無の検証、の3課題について取り組むものである。 1)行動観察については、十分な成果を得た。これまで実施してきた観察によって蓄積された膨大な種々のデータは、質・量ともに、本種が持つ性行動の特殊性や、その機能に関する発展的な分析に耐えうる。加えて、観察過程で得られた行動データは、本種の基礎的な生態を明らかにする重要なデータであるのみならず、これまで報告されていなかった様々な行動の観察事例を見出した。例を挙げれば、これまでマカク属ではほとんど報告のない「食物分配行動」や、ウサギや鳥といった動物の「肉食行動」、赤ん坊を社会交渉に用いる「TBG行動(Touch Baby's Genital area Behavior)」など多岐にわたる。先行研究の少ない未知な種に関する先駆的研究としては十分な成果を蓄積している。 2)父子判定については、当初の計画よりも早い速度で進展してきた。現在父子判定は分析途中ではあるが、その予備的な分析結果から、当初の予想と異なる非常に興味深い事象が発見されており、現在総括に努めているところである。 3)群間繁殖交流については、予備的な父子判定からすでにその傍証が見つかっており、本研究の仮説検証に有用なデータとなると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究は、長期にわたる野外での野生動物の観察と、その後に控えるDNA試料の分析という2つの段階からなるものである。 平成28年度は、計画どおり無事に10か月の野外観察を実施できた。調査期間中、交尾行動やオス間の社会関係、出産率や新生仔生存率などの詳細なデータの収集も順調に進んでおり、当初目標としていた水準は達成している。2017年3月末現在で400例を超える交尾行動を記録した。それぞれの交尾行動は可能な限りビデオによって記録され、交尾開始から終了までの一連のシークエンスを詳細に分析している。また、中心的に取り組んでいる課題以外でも、これまで報告のない行動や貴重な観察事例を積み重ねており、将来の研究に発展する多くの疑問を見出してきた。今後研究をより進展させていくうえで、重要な基礎となると確信している。 DNA試料の分析については、当初の計画であったDNA試料の収集のみならず、実際の父子判定の分析段階まで進めることができ、計画以上に大きく進展した。これは、従来の糞試料からDNA試料を採取する方法ではなく、非侵襲的に口腔内細胞からDNAを採取する新しい方法を考案し、試験を経て実用化に成功したことによる成果である。糞サンプルは、特定の個体からサンプルを得るのに時間がかかるうえ、DNA含量が低く、結果の再現性を保証するために分析段階で時間と費用が多くかかるなど、様々な課題があった。これらの課題を解決すべく、非侵襲的かつ簡便な手法で、口腔内細胞からDNAを採取できる方法を新たに開発した。この新しい手法では、より短期間で、より良質なDNA試料を、大量に採取することが可能となり、実験にかかる時間と費用の削減にも貢献した。これにより、当初の計画よりも多くの検体の分析が可能になり、かなり詳細な遺伝的データが蓄積されつつある。 上記の理由により、研究は当初の計画以上に進展していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度の研究では、まず2か月の追加調査を実施し、行動データの蓄積と同時に、対象全頭からのDNA試料の採取を目標にサンプリングを実施する。少なくとも父子判定に必要な母子のDNA試料、および父親候補となるオトナオスからは可能な限りDNA試料を採取し、予算の許す限り分析を進める予定である。 当初の計画ではマイクロサテライト20座位を用いる計画であったが、これまで進めてきた分析の結果、調査地域集団の遺伝的多様性を考慮すると10座位でも父親候補を十分に絞ることができることが明らかになったので、解析座位を減らして分析を進める。 父子判定に関する十分なデータを得たら、研究の総括と論文の執筆に移行する。中心課題である性行動と繁殖成功度の比較は、本研究員の博士論文としてまとめるが、野外調査によって得られた様々な行動に関する観察事例や、自身が開発した新しいDNA採取法の技術論文も執筆する。現段階で、論文は1編が投稿中、2編が執筆を終え投稿準備中、2編が執筆中で、これ以外にも3編の執筆案がある。これらに順次取り組み、研究を総括し、成果を広く公に公開していく。 集めたDNA資料は、父子判定のための分析のみならず、個体間の血縁度推定、オスの生活史解明に向けたY染色体の分析のほか、保全に向けた集団の遺伝的多様性の分析や系統地理分析などの用途にも用い、有効に活用する。この分析には、タイ王国の受け入れ研究機関であるタイ王立チュラロンコン大学やタイ国立霊長類研究センターの研究者と共同で取り組み、ベニガオザルに関するさらなる遺伝学的研究の進展にも寄与する。
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