陸上動物や海生硬骨魚は乾燥や高浸透圧環境により、水分を失う。これを補うために、動物は飲水行動を行う。昨年度までの研究により、両生魚のトビハゼに哺乳類で見られるような、口腔の乾燥によって渇きが起こる機構があることがわかった。また、本研究によってトビハゼの口腔内で水を感知する機構が飲水行動の制御に重要であることがわかったので、その分子機構を解明することを試みた。淡水から海水まで異なる浸透圧環境の水を口に含ませられる水槽を製作し、その中でトビハゼがどの塩分の水を好んで吸水するか、すなわち塩分嗜好性を調べた。その結果、トビハゼは平均すると半海水の塩分濃度を好むことがわかった。次に、ホルモンによる塩分嗜好性の変化を調べたところ、アンジオテンシンによって塩分嗜好性が増加する一方、ナトリウム利尿ペプチドを投与しても塩分嗜好性は変化しなかった。同時にトビハゼの血中ナトリウム濃度の変化も調べたが、これらのホルモンの投与による有意な変化は見られなかった。これらのことから、トビハゼ口腔内に塩分を感知する機構があることが示唆された。近年、哺乳類やショウジョウバエにおいて塩味や酸味に関わるイオンチャネルが口腔内の水の受容にも関わることが示唆されているので、トビハゼにおいてもイオンチャネルが渇きの感覚に関与している可能性が考えられる。次なる課題としてはトビハゼが海水中のどのイオンに反応して吸水行動を行っているのかを調べる必要がある。また、口腔内に発現しているイオンチャネルなどの遺伝子を特定するためにトランスクリプトーム解析も現在行なっている。これらの研究から、トビハゼの飲水行動制御機構の全貌が明らかとなりつつある。本研究は、脊椎動物における陸生化にともなう渇きの進化を考える上で、ホルモンの脳に対する作用だけでなく、口腔内の水およびイオンの受容機構の重要性を示唆した点で意義深い。
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