研究課題
平成28年度は、主として経済規模の異なる3か国からなる経済地理モデルの分析に取り組んだ。各国・地域の市場規模(需要の大きさ)と企業立地行動との関係を考えた場合、企業は財の輸送費を節約すべく市場規模の大きな国へ立地しようと考えるのが自然である。しかしながら、同じような思惑をもった企業が大国へ集中してしまうと、現地の労働需要が高まることで賃金が高騰し、企業の生産コストを上昇させてしまう。したがって大国に企業が集積するかは一見して明らかではなく、最終的な立地は対立する要因の力関係によって決まってくるはずである。これまでの多くの経済地理モデルにおいては、後者の集積を阻害する要因について捨象されることが多かった。本分析では、既存研究とは異なり、賃金が各国内の労働需給を一致させるように内生的に決定されるとした。本分析は、労働市場と集積の関係に着目するという研究課題の一里塚となるものである。加えて、2か国の分析がほとんどである既存研究に対して、本分析では市場規模の異なる3か国を考えている点も新しい。大国は市場規模において他の国々よりも絶対的な優位性をもつが、そのために賃金上昇圧力も他の国々よりも高い。一方で小国は市場規模では絶対的に劣位な立場にあるが、そのために他の国々よりも安い賃金を企業に提供できる。中位国は市場規模・賃金上昇圧力のいずれにおいても中間的な立場にあり、立地決定に関わる要因は他の二国よりもはるかに複雑になる。本分析では、中位国が大国と同じように企業を獲得できるのか、或は小国と同様に企業を流出させてしまうのかは、中位国の相対的な市場規模によって説明できることを明らかにした。この結果は、中所得国の中で高所得国に仲間入りできるのはごく一部であり、多くが成長を停滞させてしまうという「中所得国の罠」の現象に対して、有益な示唆を与えるものである。
2: おおむね順調に進展している
3か国の経済地理モデルに関する研究成果について、国内外の研究集会・カンファレンスで報告を行った。論文をワーキングペーパーとして公表し、現在は国際学術誌に投稿し、査読審査中である。当該研究に目途をつけ、複数の国にまたがって事業所・子会社をもつ多国籍企業に着目した新たな課題に取り掛かることができた。
労働市場に対する影響を考えた場合、大規模な多国籍企業の存在を無視することはできない。多国籍企業が受入国の財・労働市場に与える影響を、特に多国籍企業の国際間移動可能性と、受入国地元企業との産業連関に着目して分析をする予定である。また別の課題として、法人税率と多国籍企業の立地選択の関係を分析する予定である。各国の法人税率の違いが多国籍企業の立地を変化させ、それを通じて各国の労働市場に与える影響を明らかにする。
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Keio-IES Discussion Paper Series, Institute for Economic Studies, Keio University
巻: DP2017-001 ページ: 1-40