研究課題
本研究の目的は、光化学反応のダイナミクスを解明するため、超高速X線光電子回折(XPD)を用いて空間にしてangstrom、時間にしてフェムト秒の分解能を実現して分子の幾何構造変化を「可視化」することである。これを実現する方法は超高速XPD測定の実現と高精度の理論計算方法の開発であり、研究代表者は後者を担当している。平成28年度は光化学反応中の分子の量子力学的な振動波束計算と多重散乱静的XPD理論との組み合わせにより超高速XPDの理論計算を可能にした。この理論をI2分子の光解離反応とCS2分子の周期的変角振動に応用し、超高速XPDを通じて光化学反応における分子の幾何構造変化がどのように見えるか計算した。この結果、光化学反応における振動波束の挙動は一般に古典的軌道計算による予想とは異なること、光化学反応を誘起する光学レーザーパルスの波形による振動波束の挙動の違いが超高速XPDで追跡可能なことが明らかになった。研究代表者はこの成果を国際研究集会AISAMP12で発表するとともにPhys. Rev. A 95, 043404に掲載した。超高速XPDの測定には分子の配向あるいは配列を要する。このため、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の柳下ならびに東京大学の酒井と共同で配列のためのレーザー場が分子の幾何構造にもたらす影響を調べた。柳下、酒井らがNd:YAGレーザーで配列されたI2分子からのXPDを測定し、研究代表者は理論計算でI2分子の幾何構造を抽出した。この結果、レーザー場で配列されたI2分子はその平衡構造より0.18~0.30angstrom伸長していることが明らかになった。配列用のレーザー場の分子構造への影響を定量的に明らかにしたのは本研究が初めてである。研究代表者はこの成果を国際研究集会VUVX2016で発表するとともにSci. Rep. 6, 38654に掲載した。
2: おおむね順調に進展している
平成28年度の計画通りに超高速XPDの理論計算方法を開発するとともに理論計算による分子の幾何構造抽出の精度を示すことができたため。
上述の通り光学レーザーパルスとX線自由電子レーザー(XFEL)の組み合わせ(ポンプ―プローブ)による超高速XPDの測定にはあらかじめ分子の配向あるいは配列を要する。しかしNd:YAGレーザーなどの手段を用いても完全な分子配列は不可能である。完全に配列した分子からXFELをプローブ光として幾何構造を抽出する際の精度はこれまでの研究で明らかになったが、配列度が不完全かつ光化学反応中の分子についての幾何構造決定の精度は依然明らかでない。また、分子の配向・配列を必要としない他の超高速実験との精度の違いも解明を要する。これらを解決するために、Universita di TriesteのDeclevaと共同で光化学反応中のサンプル分子について超高速XPDと超高速紫外光電子分光(UPS)の両方を同じ光電子散乱理論で理論計算する。まずは理想条件(XPDの場合は完全配列、UPSの場合は無限のエネルギー分解能)で計算を行い、さらに現実的な条件(XPDの場合は不完全配列、UPSの場合は有限のエネルギー分解能によるスペクトルの拡がり)で計算する。これにより、各々の方法で達成される分子の幾何構造抽出の精度や異なる光化学反応追跡方法の適切な使い分け方が明らかになると期待される。
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すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 2件、 招待講演 1件) 備考 (2件)
Physical Review A
巻: 95 ページ: 043404
10.1103/PhysRevA.95.043404
Scientific Reports
巻: 6 ページ: 38654
10.1038/srep38654
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2016/161212/
https://www.kek.jp/ja/NewsRoom/Release/2016/12/12/pressrelease20161212.pdf