本研究は、画家ギルドの一次資料を用いた歴史学の観点と、絵画等のイメージ資料を用いた美術史学的観点の両視点を用いて、16世紀末から17世紀初頭の神聖ローマ皇帝ルドルフ2世治世下のプラハにおける絵画の地位上昇を目指す動向の全体像を示すことを目的とする。 昨年度はプラハに滞在して画家ギルドの一次資料に関して主たる調査研究を行ったが、本年度は絵画に自由学芸と等しい地位を与えることを目指す本動向と関連する主題について主に調査した。その結果、本動向の具体的な美術作品の例となるバルトロメウス・スプランゲル作《知恵の勝利》の油彩画と版画についての研究をまとめることができた。スプランゲルはルドルフ2世の宮廷画家でありながらプラハの画家ギルドにも加わり、宮廷と都市の両側面から本動向に関与していた点で重要である。 本作品の研究では、時代背景と画面後景に描かれた人物群から、絵画の自由学芸化を目指す当時の画家の主張に基づき《知恵の勝利》の油彩画と版画の両作品が制作されたと解釈した。しかしながら、版画では人物像等に複数の大幅な変更点がある。その原因は油彩画と版画の受容者層の違いにあり、それゆえに両者の間で作品の意味内容が変化したと考えた。すなわち、油彩画のみにルドルフ2世を象徴するカプリコルヌスが存在するため、そこではルドルフ2世の治世を称揚していると見なせる。一方、版画ではルドルフ2世に具体的に結びつくモティーフが失われ、一般的な芸術家の地位に関する宣言を、より幅広い版画の受容者に宣伝すべく制作されたと解釈した。これによって、プラハで絵画の自由学芸化の理念がいかに作品に表されたかを検証することができた。
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