本研究は、災害常習地域において、災害が「共に対処せざるを得ない負の資源」と位置づけられていることに注目し、地域社会が「負の共有資源」としての災害を、いかに管理してきたのかを明らかにすることを目的としている。 本年度に得られた成果は、大きく分けてつぎの3点である。 第一に、共編著の『東日本大震災と民俗学』が刊行されたことである。本書は、ミュンヘン大学日本学研究センターにおいて開催されたシンポジウムの成果である。ミュンヘンのあるドイツ南部は、チェルノブイリ原発災害の影響を色濃く受けた地域であり、環境汚染の問題についても、きわめて類似した状況があった。すなわち、ドイツ社会において象徴的存在であった「森」が、原発災害の結果、避けられるようになっていった。ただ、ドイツ社会においては、「森の資源利用」の文化が広がりを見せていなかった。一方、日本社会の場合には「森の資源」を重層的・複層的に利用してきた伝統がある。それが今なお、生活の質(QOL)の維持・向上と深く結びついており、原発災害による環境汚染は地元社会にとって深刻な被害をもたらしていることを示した。ただし原発災害は、「負の共有資源」化が困難であることも示した。 第二に、農山村社会では、これまで維持されてきた伝統的な祭祀行事が、「共に対処せざるを得ない」文化的資源として、コモンズ化されていくことを示した。従来行なわれていた行事を、そのままの形で担うことは困難になり、それゆえに地域全体で担おうとする方向性が見出された。 第三にサブテーマとして展開した、オビシャと言われる正月行事において、災害記録を奉納する(この記録をオニッキと呼ぶ)習俗について「災害記憶の共有化」という観点から接近を試みた。だが、常総地域に広がるオニッキの全体像が明らかになるにつれ、そうした事例は例外的であり、本来オニッキとは奉納者の家名書き上げであることがわかった。
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