研究課題/領域番号 |
16J02655
|
研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
小河 穂波 奈良女子大学, 理学部, 特別研究員(PD)
|
研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2018-03-31
|
キーワード | 神経堤細胞 / エピジェネティクス / H3K79メチル化 / 顔面発生 / Mllt10 / Af10 / Dot1L |
研究実績の概要 |
本研究の目的は胚発生過程の頭部形成におけるヒストンH3の79番目のメチル化の機能をマウスを用いて解析することである。H3K79メチル化を行う酵素はDotLが唯一発見されており、脱メチル化酵素は見つかっていない。Dot1L欠損マウスは既に作製されおり、頭部の複雑な形成が開始する胎生10.5日目前後で死んでしまう。この結果からH3K79メチル化が胚発生に重要であることが示唆される。しかし、頭部形成におけるH3K79メチル化の機能は報告されていない。我々はDot1Lと結合しH3K79メチル化による遺伝子発現制御に関わるAf10が胎生10.5日目のマウス胚の頭部(鼻隆起や上顎、鰓弓等)で強く発現していることを明らかにした。また、作製したAf10ホモ変異マウスは胎生12.5日目で顔面正中の融合不全を生じることも明らかにした。これらの結果から頭部発生に関わる遺伝子群の発現がAf10を介したH3K79メチル化によって制御されている可能性が示唆された。顔面正中の形成には鼻の原基(鼻隆起)の発生に関わる神経提細胞が重要な働きをすることが既に知られている。そこで、頭部の神経堤細胞におけるAf10を介したH3K79メチル化による遺伝子発現の制御機構に焦点を当てて研究を進めている。神経堤細胞は神経管が閉鎖する時期に神経板と表皮外胚葉との境界から発生し腹側に向かって移動し、増殖・分化を経て末梢神経や骨に分化する特殊な細胞群である。特に骨(頭蓋骨)に分化するのは神経堤細胞の中でも頭部の神経提細胞だけであり、将来的な再生医療への応用の可能性からも、その誘導メカニズムの解明が期待されている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
研究を進めて以下6点について解析し、全身性のAf10を欠損する胚(Af10ホモ変異胚)に見られる顔面正中の発症機構に関して概要を明らかにした。(1)Af10ホモ変異胚の顔面正中の融合不全が生じる時期が胎生11日目から11.5日目の間である事を特定した。(2)顔面正中の融合不全の原因として胎生10.5日目のAf10ホモ変異胚の鼻の原基(鼻隆起)内での著しい細胞増殖の低下が見られる事を明らかにした。また胎生11.0日目のAf10ホモ変異胚では左右の鼻隆起の間の組織で著しい低形成が生じ、左右の鼻隆起の間隔が広がり始めていることが明らかになった。(3)Af10ホモ変異胚の鼻隆起内でH3K79メチル化が減少していることが組織切片を使った免疫染色法とウエスタンブロッティングによる定量解析によって明らかになった。(4)Af10欠損によって発現が減少する遺伝子の探索を行い、神経堤細胞の発生に関わり、鼻隆起内の細胞増殖にも関与することが報告されているAP2α遺伝子の発現が低下していることが分かった。(5)Dot1L阻害剤によるH3K79メチル化の抑制によってAf10ホモ変異胚と酷似した顔面正中の融合不全が誘導出来ることを明らかにした。(6)神経堤細胞特異的なAf10欠損マウスの作製を行い、神経提細胞特異的なAf10欠損では全身でAf10を欠損したマウスで見られていた顔面正中の融合不全が生じない事が分かった。 これらの成果によって、マウス胚の鼻隆起の発達にはAf10が関与するエピジェネティック制御、すなわちH3K79meを介した頭部神経堤細胞の増殖制御機構が働いている可能性を初めて示した。一方、神経堤細胞特異的にAf10を欠損させたマウスでは、顔面正中の融合不全が生じない事から、顔面正中の融合不全には神経堤細胞以外の組織の機能異常も関与している可能性が示唆された。
|
今後の研究の推進方策 |
(1)AP2αは神経堤細胞の誘導、分化、増殖に関与するマスター遺伝子である。Af10を介したH3K79メチル化がAP2αの発現制御に直接かかわっているかを確かめる必要がある。そこで、AP2α遺伝子上のH3K79メチル化の変化の有無をAf10ホモ変異胚と野生型胚を用いたCHIP解析によって比較する。H3K79メチル化が変化していた場合、Af10-Dot1Lの結合領域をAP2α遺伝子上で探し、共免疫沈降法によって複合体構成因子の同定を行う。 (2)頭部神経堤細胞で特異的に発現している唯一の遺伝子としてEts-1が同定されており、頭部神経堤細胞の発生に関与することが報告されている。しかし、Ets-1を体幹部の神経堤細胞に強制発現させても頭部神経堤細胞への運命決定、すなわち骨芽細胞の分化を誘導することは出来ない。その理由として、クロマチン修飾によりEts-1の標的遺伝子プロモーターへのアクセスが制限されている可能性が考えられる。この制限を解除することができれば頭部神経堤細胞への人為的な誘導を実現できる可能性が高い。そこで、生体での頭部神経堤細胞への直接リプログラミングの可能性を調べるため、胎生9.5日目の野生型胚にAf10、Dot1L、Ets-1の発現ベクターを導入し、子宮外全胚培養により胎生11日目まで培養する。また、Af10、Dot1L、Ets-1導入細胞を胎生13日目胚の顔面部に移植し、骨分化と組織生着能を検討する。 (3)Af10欠損による顔面正中の融合不全に関わる組織・細胞種の特定を行うため、野生型胚とAf10ホモ変異胚の頭部を用いてDNAマイクロアレイ解析を行い、遺伝子発現変化のプロファイリングにより顔面正中の融合不全に関わる組織・細胞種を探索する。その後、組織特異的な欠損を誘導したマウスで顔面正中の融合不全が再現されるかを確認する。
|