研究課題
本研究の最終目的は、ヒト腸内細菌叢において共同体的にふるまうゲノム機能の進化機構を「機能遺伝子の水平転移」を軸に解明することである。研究初年度である平成28年度では、系統間での進化プロセスの不均一性を許容する置換モデルを実装した分子系統解析プログラム「NONHOMO」に対し、最新のGPUデバイスを搭載したスーパーコンピュータ上における並列化を行った。列化にあたり、筑波大学ハイパフォーマンス・コンピューティング・システム研究室との共同研究のもと、同研究室にて開発中であるGPUクラスタ用の並列プログラミング言語XcalableACCの実アプリケーション実装を行った。同大学計算科学研究センターの提供するGPUスーパークラスタ「HA-PACS」にて性能評価では、500種100,000塩基座位までのデータサイズに対し良好な速度向上を得た。またこれにより、ヒト腸内細菌の全ゲノムデータに基づき本生物群全体の進化系統樹を頑健かつ高速に推測することが可能となった。また、2016年6月よりOlivier Gascuel博士(LIRMM, Institut Pasteur)のもとで共同研究を進め、大規模系統樹上で最尤法に基づく祖先形質復元を高速に行う独自のプログラムを開発、各祖先形質の事後確率に基づく形質進化シナリオの発見的探索アルゴリズムと、推測された進化シナリオを評価する指標を新たに実装した。本手法はヒト腸内細菌ゲノムが独自にもつ代謝系などの機能(表現型)の進化経緯推測にも有用であり、次年度にて予定している水平転移遺伝子の網羅的推測結果と併せることで、本生物群におけるゲノム機能の進化プロセスを解明できるものと期待される。
2: おおむね順調に進展している
研究初年度である平成28年度では、次年度以降に予定しているゲノムスケールでのヒト腸内細菌叢由来遺伝子配列データに基づく大規模分子系統解析をスムーズに行うための、独自の手法開発やプログラムの最適化・高速化を予定していたが、これらの目標は年度内に達成された。さらにOlivier Gascuel博士と共同研究を行う中で、「分子系統解析によってヒト腸内細菌叢内で機能遺伝子がどのように水平転移したかを推測するだけでなく、ヒト腸内細菌叢独自の代謝系などの機能をphenotypeとし、系統樹上でそれらがどのように進化してきたかを推測することで、機能遺伝子の水平転移とゲノム機能の進化の関係をより具体的に解明することができるのではないか」という当初予期していなかった全く新しい発想を得ることが出来た。また、新しいアイデアに基づく手法およびプログラム開発もほぼ終了しており、これらの成果を次年度からの実データ解析に適用する準備は十分に出来ている。従って、研究計画はおおむね順調に進展していると判断する。
平成29年度における研究では、これまでに開発・最適化したプログラムを用い、ヒト腸内細菌叢由来大規模ゲノムデータに基づく解析を行う。まず、公共データベースにこれまで登録されているヒト腸内細菌716株のゲノムデータを取得する。その中で、各ゲノムに高度に保存されるシングルコピー遺伝子からなる巨大結合アライメントを用意し、適切なNon-Homogeneousモデルに基づく Phylogenomics 解析から、716 株の大系統関係を推測する。また、BLAST解析やGC含量の差異に基づく予備解析から「水平転移した可能性のある」候補遺伝子を抽出し、それぞれのアライメントに基づき遺伝子系統樹を推測し、Phylogenomics系統樹とのトポロジー比較から腸内細菌叢内部における遺伝子水平転移を網羅的に推測する。さらに、推測された水平転移遺伝子についてGene Ontology ConsortiumやCOGsに基づき機能分類を行う。特に代謝に関連する遺伝子クラスタに注目し、本細菌叢が水平転移を介してどのような遺伝子をゲノム間で共有し、どのような代謝系を共同体として形成してきたか明らかにする。また、各腸内細菌クレード(コミュニティ)内部で水平転移する遺伝子の差異や、クレード間を特に頻繁に水平転移する遺伝子を明らかにすることで、細菌コミュニティを単位とした遺伝子ネットワークの全体像を解明する。これらの遺伝子配列データから推測される遺伝子水平転移とゲノム機能の進化シナリオを、各ゲノム機能をphenotypeと扱い系統樹上で祖先形質復元を行った結果をそれぞれ照らし合わせ、その妥当性について検証する。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (1件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 1件)
Genes & Genetic Systems
巻: 16-00056 ページ: -
10.1266/ggs.16-00056