多くの生体触媒は、特定の原料を効率的に目的の分子へ変換する為に、高い基質特性を示す。この高い基質特異性により、生体触媒の汎用的な応用が制限されていた。私は、過酸化水素を用いて長鎖脂肪酸を特異的に酸化するCYP152B1を、酢酸水溶液中で扱うだけで、長鎖脂肪酸とは構造の異なる非天然基質の酸化反応を触媒する「基質誤認識システム」を報告していた。本研究では、「汎用的な基質誤認識システム」の開発を目指した。 2017年度までに、好熱性細菌Exiguobacterium sp. AT1bから発見されたCYP152N1の発現系、精製手法の確立と、結晶構造の解析に成功した。この酵素が、過酸化水素を等量的に用いて、1分間あたり1900回転の速さで長鎖脂肪酸のα-位を(S)-選択的に水酸化することを2017年度に報告した。CYP152N1は、脂肪酸特異的なペルオキシゲナーゼであるCYP152A1やCYP152B1と同様に、長鎖脂肪酸のカルボキシル基を認識するので、長鎖脂肪酸以外の基質を酸化することができない。私達は、CYP152B1の活性部位近傍にカルボキシル基を持つグルタミン酸を変異導入することで、A245E変異体が「グルタミン酸のカルボキシル基を長鎖脂肪酸のカルボキシル基と誤認識」し、長鎖脂肪酸以外の基質を酸化する事を2016年度に報告していた。2018年度は、活性部位にグルタミン酸を導入する手法の汎用性を確認するために、CYP152A1 A246E変異体とCYP152N1 A243E変異体を作成し、チオアニソールのスルホキシド化活性とスチレンのエポキシ化活性を評価した。いずれの変異体もスルホキシド化活性とエポキシ化活性を示した。特にCYP152N1 A243E変異体は、野生型の長鎖脂肪酸水酸化反応の触媒活性活性より効率的な、スルホキシド化反応の触媒活性を示した。
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