研究実績の概要 |
本年度はまず、胃上皮細胞におけるparafibrominの役割の解明を目指した。その理由は、ピロリ菌の産生する発がんタンパク質CagAによりparafibrominの脱リン酸化が促進され、脱リン酸化型parafibrominの機能が胃発がんに重要な役割を果たしている可能性が考えられたためである。 CagAタンパク質は、ピロリ菌の菌体内で産生され、IV型分泌機構を介して胃上皮細胞内に移行することが知られている。胃上皮細胞内でCagAは、Srcファミリーチロシンキナーゼ(SFK)によりチロシンリン酸化を受ける。リン酸化されたCagAは、ヒトがんタンパク質として知られるSrc homology 2-containing protein tyrosine phosphatase(SHP2)と結合し、SHP2の活性を亢進する(Higashi et al., Science, 2002)。これらの知見に加え、parafibrominはSHP2の新規基質分子として同定された背景があることから(Takahashi et al., Mol. Cell, 2011)、CagAがSHP2の異常活性化を介してparafibrominの脱リン酸化を促進し、プラットフォーム分子としてのparafibrominの機能を脱制御する可能性があると考えた。 この仮説を検証するために、胃上皮細胞株において一過性にCagAを発現させ、抗parafibromin抗体による免疫沈降実験を行い、parafibrominのリン酸化状態の変化を抗リン酸化チロシン抗体のイムノブロットにより検討した。その結果、CagAの発現によるparafibrominのリン酸化レベルの変化は見られなかった。
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今後の研究の推進方策 |
所属研究室のこれまでの研究結果から、Tet-off CagA発現細胞(胃上皮細胞株MKN28細胞由来WT-A10細胞)において、CagAの長期発現によりCDKインヒビターp21が蓄積し、細胞増殖が抑制されることが明らかとなっている。また、CagAにより増殖が抑制された細胞は、老化細胞の特徴である平たく広がった形態変化を示すとともに、老化細胞特異的なβガラクトシダーゼを発現することから、CagAはp21の蓄積を介して細胞老化様の増殖抑制を誘導すると考えられる(Saito et al., J. Exp. Med., 2010)。さらに、WT-A10細胞を用いたCagA長期発現によって、CagAがインフラマソームの活性化を介して成熟型IL-1βの産生を誘導することが示されている(Suzuki et al., Sci. Rep., 2015)。これら先行研究の結果から、胃上皮細胞にCagAを長期発現させると細胞老化関連分泌形質(SASP)が誘導される可能性があると考えた。細胞老化はがん抑制機構の一つと考えられてきたが、近年の研究から、SASPを介して発がんに関与する可能性が示されている。そこで、本研究ではCagA発現細胞の分泌形質が周囲の環境にどのような影響を及ぼしているのかを解明することを目的とした。レンチウイルスベクターによりCagA遺伝子を導入した胃上皮細胞を数日間培養し、その細胞培養上清を用いて、CagAを発現していない胃上皮細胞を培養し、影響を調べた。その結果、CagA発現細胞由来の培養上清が細胞増殖を顕著に促進することを示唆するデータが得られた。したがって、今後この現象の分子機構を解明することを本研究の目的とし、生化学・分子生物学的手法により解析を行っていく。具体的な方策として、抗体アレイ等を用いてCagA上清を解析し、細胞増殖の責任分子の同定を試みる。
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