前年度までの研究結果からBCC鉄鋼材料の水素ガス中疲労き裂進展特性への影響が示唆される,温度・周波数・固溶炭素量という3つの因子の中で,当該年度は特に固溶炭素量の影響に着目した.これまでに供試材として用いていた工業用純鉄には製造過程で除去できない微量の炭素が含まれているが,これに対して本年度は少量のTi添加によって材料中の炭素をTiCとして析出させたIF鋼を用い,固溶炭素量を極限まで低減させたフェライト組織における疲労き裂進展特性の評価を可能とした.0.7~90 MPa水素ガス中における疲労き裂進展試験から,マクロな疲労き裂進展速度およびミクロな破壊形態ともにIF鋼の挙動は工業用純鉄が示すものと全く同様であり,水素ガス中疲労き裂進展特性に対する固溶炭素の有無の影響は無視できるほど小さいことを明らかにした.この結果は,前年度までに純鉄を用いて得られた知見を,より多量の炭素を含有する実用鋼中の挙動へと展開させるに際して極めて重要な事実である. また,最終年度である本年度は,対象材料をBCC鋼からFCC鋼へと拡大させ,水素ガス中(外部水素)および水素チャージ状態(内部水素)におけるオーステナイト系ステンレス鋼の疲労き裂進展挙動の解明にも取り組んだ.従来から,FCC鋼ではき裂先端部におけるひずみ誘起マルテンサイト変態が疲労き裂進展加速の支配要因であることが提案されてきたが,本研究では同理論を明確化するとともに,内部水素がオーステナイトの相安定性を向上させ,外部水素の場合よりもき裂進展加速を低減させる効果を持つことを明らかにした.水素チャージに伴うオーステナイトの安定化は近年の水素脆化研究でも数例の報告があるが,本研究では同様の現象がマルテンサイト変態に起因した水素脆性破壊に対し,極めてポジティブな役割を発揮することを世界で初めて実証した.
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