本研究の主眼は、共和政ローマの立法過程を個別事例の分析とその蓄積に基づき詳細に検討することで、この国家における政治的意思決定の特質の一端を明らかにすることにある。そこで、前年度(平成28年度)は、残存する史料から立法過程の全体像を比較的詳細に追跡可能な個別事例を考察の対象として、元老院の意向が法案の帰趨を左右する重要な要因であったという知見を得た。これに対し、平成29年度の研究では、同じ知見が共和政期に確認される他の立法の諸事例にも同様に当てはまることを論証した。この研究成果は、近年の研究では関心の埒外に置かれる傾向にあった元老院という集団が、共和政ローマの意思決定のあり方を理解するうえで、重要な分析視座であることを示すのみならず、ローマが元老院に対する国民の迎合に依拠して運営される国家であった可能性を提起する。この点において、本年度は、共和政ローマの統治構造の考察に至るまで研究を進めることができたといえる。 また、以上のような個別事例研究の分析結果を統合する作業と並行して、前年度の研究成果の一部を学会にて報告した。報告では、前59年に成立したカエサルの農地法案という事例を手がかりに、立法過程において元老院が果たした役割を考察した。報告後の質疑応答では、共和政期ローマの政治に関する専門的な助言に加え、他分野の研究者と議論を深めることができた。 加えて、2018年3月初めには、前年度に引き続き、英国のInstitute of Classical Studies付属図書館にて研究調査を行った。この在外研究に際し、日本国内では入手不可能な文献や資史料を多数利用するとともに、本研究分野における指導的な研究者であるKing’s College LondonのHenrik Mouritsen教授と意見を交換する機会を得られたこともまた、本年度の研究成果に大きく資するものである。
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