研究課題/領域番号 |
16J03037
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
黒山 和幸 東京大学, 工学系研究科物理工学専攻, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | GaAs半導体量子ドット / 量子もつれ光子対 / 量子中継 |
研究実績の概要 |
昨年度の研究では、高い光電子生成効率と高速な電荷検出が可能な二重量子ドットの作製を行った。本年度は、この測定試料に対して光電子のスピン読出しを導入することにより、光子偏光から電子スピンへの量子状態転写の実験的な検証を行った。 量子状態の転写にはGaAs量子井戸の軽い正孔をZeeman分裂させ、その一方の準位から選択的に電子スピンを励起する必要がある。そのため、量子井戸の面内方向に磁場を印加し、量子ドットへの光電子の捕捉効率に関して波長スペクトルの測定を行った。その結果、昨年度無磁場下で観測された軽い正孔の吸収ピーク近傍で、準位の分裂が観測された。さらに、この分裂幅は先行研究の値と合致していることが確認できた。 そこで、入射光子のエネルギーを一方のZeeman準位に調整し、量子ドットへ光子照射を行った。偏光からスピンへの転写を検証するために、二重量子ドットのパウリスピン閉塞効果をスピン読出しの方法として用いた。その結果、閉塞現象の見られる確率が入射光子の偏光に大きく依存していることが分かり、これは偏光-スピンの転写が実現していることを示していると考えている。この結果は論文として学術誌に投稿する予定である。 さらに、今後もつれ光子対の照射実験を行う過程で、量子ドットのトリプレット状態の共鳴トンネルを観測する必要があるので、この共鳴条件の特定する新しい手法を考案し検証した。これは、量子ドットの近傍に量子ポイントコンタクトを形成し、これにバイアス電圧を印加することによって生成されるフォノンを用いてシングレットからトリプレットへの励起を行うことで実現される。我々は、バイアス電圧を印加した条件下で、トリプレットを介した電子の共鳴トンネル現象を観測することに成功した。この結果についても論文を執筆する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度に作製した測定試料の評価や測定系の改良を行い、今後の実験を続けていくうえで十分な性能を有していることが確認できた。続いてもつれ相関の転写実験を行うためには、もつれ光源に次のような改良を施す必要があることがわかり、これに取り組んだ。 ①もつれ光子対の帯域幅の制限。もつれ光子対の偏光状態を電子スピンに変換するためには、光子対の帯域幅を軽い正孔のZeeman分裂幅よりも小さくなるように制限する必要がある。我々は、透過スペクトルの半値幅が十分に狭い干渉フィルターを導入することによって帯域幅の制限を行った。 ②もつれ光子対のシングルモードファイバーへの結合。また、これまでもつれ光子対の取り出しにはマルチモードファイバーを用いていたが、ファイバーの伝送中に光子の偏光を保持するためには、シングルモードファイバーに光子を結合する必要がある。これは技術的に困難であることが知られているが、ファイバーへの結合に用いる対物レンズの仕様やBBO結晶の励起方法を見直すことなどにより、先行研究とそん色のない程度に結合効率を高めることに成功した。 以上2点の変更を導入した後にも、実験に十分なもつれ光子の生成レートを確保できていることが確認しているので、現在は、もつれ光子対の一方を電子スピンに変換することにより、偏光とスピンの相関を持つ光子電子の対を生成する実験を進めている。これまでに単一のもつれ光子対から光子-電子の対を生成することには成功している。したがって、パウリスピン閉塞効果による単発スピン読み出しの手法と検光子による残された光子の偏光測定を導入することにより、光子対の偏光相関が光子-電子対の偏光-スピン相関に転写できているかどうかを検証する実験段階に進んでいる。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、まず初めに偏光-スピンの相関の生成実験を行う。もつれ光子対はHV+VHという量子状態(H,Vは直交する直線偏光)で生成されるので、HH、HV、VH、VV状態の光子を取り出すように検光子を配置しておくと、HVまたはVHの場合にのみ光子対を取り出すことができる。よって、そのような検光子の配置になっている条件でのみ、光子-電子の対が生成され、これらが同時に検出されることを確かめる。さらに、光子と同時に検出された電子に対して単発スピン読み出しを行うことで、ドットに照射される光子があらかじめ持っていた偏光(HまたはV)に対応したスピンが生成されることを確認する。 現在、偏光-スピンの相関を生成する実験で課題になっているのは、ドットのエネルギー準位を長時間にわたってパウリスピン閉塞状態に保持しておくことである。相関の検証に必要な個数の光電子捕捉信号を取得するためには、長時間の光子照射を必要とする。しかし、そのような光子照射は、量子井戸基板のドープ層中に存在する不純物準位を励起し、十分な信号数を得る前にスピン読み出し可能な量子ドットの状態が壊れてしまう。この問題を回避するために、測定の高速化と量子ドットの安定化に取り組んでいる。 その後は、両方の光子を量子ドットに照射することで、光子対から電子対へのもつれ相関の転写が行われているかを検証する実験を行う。まず初めに光子対から電子対への変換レートを評価し、これを最適化する。また、光子対を量子ドット照射する際に、それらを同一光路に取り出す必要があるが、光子の波動関数が時間方向にも重なっている場合にはもつれ相関が崩れることが知られている。そこで、時間差で光子を照射するなどの手法を現在の光学系に取り入れる。最後に、スピンのもつれ相関の検出には、今年度の成果で達成したトリプレット共鳴による検出手法を用いる。
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